Posted by at

2007年08月22日

とうとう【結】まできました♪

いつも拙い小説もどきを読んで頂きありがとうございます。
この「明日香幻想」もとうとう【結】まできました。
blogの紹介には「明日香浄御原から藤原京、平城京を舞台にした歴史小説です。」なんて書いておきながら何故もう【結】なんだ?と疑問に感じる方もいらっしゃいますよね。
書き始めた頃は2部構成で1部が雨乃と鵜野皇后を軸に持統天皇即位まで、2部は氷高女王を軸に長屋王の変までを想定していましたがどうも人物や情景描写が欠如している私にこれ以上書けるのか疑問に感じるようになってきました。
それと書いている途中から鵜野皇女と雨乃を主とした設定にしたことから、自分が表現したかった高市天皇説が鵜野皇女側からだけの視点になってしまい自分のイメージとズレたままで書き続けて良いのかも疑問を感じました。
なので2部の終着点と考えていた長屋王の変までではなく草壁皇子の死後くらいまでで『明日香幻想』を終えようと思います。
もし、プロットがしっかりして小説と言う形で書けそうならば続編として阿閉と御名部の姉妹を軸に高市天皇から持統、文武、元明、元正、聖武へと続く流れと、まるで別物として高市を主とした高市天皇説、吉野朝明日香朝並立説も描いてみたいです。

以前自分のblog自分に足らないもので書いたように自分の歴史のイメージを構築し、それを今度は小説に変換し表現する作業は思った以上に難しい作業でした。
それでもこんな小説もどきを毎回読んで下さり、コメントを入れて下さる方がいらしたからこそどうにか続けてこられたんだ!と感謝しています。
小説自体の出来は置いといて、筆を進めてこられたことは本当に嬉しく自己満足しています。
あとはせっかくここまで書いたものを基本としてもう少し肉をつけたいと思っています♪

さて、話は明日香幻想。
【転】の最後でスメラミコトが亡くなり、【結】では大津も、草壁も亡くなる…。
鵜野皇后や雨乃の心はどうなってしまうのか…。
先ほど書いたように自分で描く歴史イメージと、明日香幻想が合っていないところもありますがここで構築した世界はそのままに、悲劇的な結末を迎えながらもしなやかに生きていく持統天皇と彼女の力になった雨乃を思い入れたっぷりに書いていけたら!と思いますface02  


Posted by jasmintea♪ at 12:52Comments(0)コーヒーブレイク

2007年07月05日

歴史上の登場人物

ちょっとここ数回歴史上の人物の名前が登場していますのでその方々について。
☆石川麻呂(蘇我倉山田石川麻呂)
鵜野皇后の母方の祖父になります。ここで書いた石川麻呂事件の顛末(Wikipedia)は鵜野が心に描く事件の真相で彼女の意思と蘇我氏を追いとしていった藤原氏の思惑が一致し日本書紀の形となった、と私は思っています。
私が考える真相はここで書いた見方ではなくもうちょっと石川麻呂に厳しいかもしれません。
蘇我入鹿を殺すために結びついた中大兄・鎌足と石川麻呂でしたが基本路線は中央集権国家を目指す中大兄と豪族の代表石川麻呂では相容れないのが当たり前。
阿倍内麻呂の死がきっかけとなり溝が埋まらなくなったのではないでしょうか?
ただ、この事件を見るとこの時の政治の中心は中大兄&鎌足なのでそうなってくると孝徳天皇はやはり飾り物に過ぎなかった?→昨今主流となりつつある山背大兄事件は軽が主犯と見る見方は違っていないのだろうか?と違う疑問を持つ私です。

☆興志
この事件で徹底抗戦を主張したと言われる石川麻呂の長男です。
この小説では遠智と興志は唯一の同母兄妹としていますが母方の血は定かではありません。
討伐軍を迎撃しようした&小墾田宮を焼き討ちにしようとした記述、これは本当は両軍が交戦状態になっていたのでは?と想起させる記述ですよね。
戦闘があったけど、兵力に差がありすぎ死を選んだんじゃないのかな??
この興志という人物は私は興味ある方なのですが、日本書紀を読むと山田寺造営をまかされたり、積極果敢に敵を撃退しようとしていますので、有能で入鹿の次の蘇我氏の期待の星だったような気がします。
石川麻呂謀殺の背景には興志も始末してしまう意味合いもあったかな?と勝手に思ったりもしてface01

☆十市皇女
十市が亡くなった時の高市皇子の歌は本当に胸を打ちますね。
吹黄刀自が作った歌と合わせてイメージを膨らませ書きました。
でも高市と十市が恋愛関係にあったら十市は自殺などしなかったと思うし、透明なイメージの彼女が高市を受け入れたとはあまり思えない。
高市の初恋の人は十市だった、と空想しながら描きました。

☆山辺皇女
以前から何故大津は山辺を娶ったのだろうか?と疑問に思っていました。
結局答えは出ないので天武天皇の責任にしてしまいましたicon10
もし、大津の正妃が阿閉か御名部であったら粟津王まで殺されるようなことはなかったんじゃないか?と思います。
この小説では雨乃を起点としていますのでこんな描き方になっていますが山辺の薄幸な人生は本当に気の毒で小説になりそうだぞと思います。
大津がいなくなればもう彼女は生きていく術も見出せなく「死」しかなかったのでしょうか?それとも大津を死に追いやった人たちへの無言の抗議だったのでしょうか?
大津を彩る女性の中で殉死したと思われる山辺より大伯や大名児の方が後世で有名なのも不思議な感じですね。
(って、この説明はちょっと先走ったことまで書いていますね~)

☆阿斗連薬
難波宮焼失について日本書紀で名指しされている人です。
薬は失火を疑われてどうなったのかは記述されていませんが何故この人の名前が残っているのでしょう?
やはり何やら関連があった、と見るのが順当ですが歴史は何も語らないので難波宮焼失の原因はまるでわかりません。
先般大阪歴史博物館で見たCGの前期難波宮は眼前に海が広がっていて新羅と連携をとるのに格好の場所だなぁ、それに筑紫には新羅から使がきていたし…とか、難波宮の模型は想像していたよりも大きく広くてあの広大な宮が簡単に失火で焼けるのだろうか?とかそんな疑問を混ぜこぜにして書きました。
難波宮跡で佇みながらストーリーを考えてから3ヶ月。
「難波宮焼失」をupできるまでこの小説を続けられて良かったicon102と思ったり、内容はともかくよくここまで書いてきたなicon58と嬉しかったりします。
本当に、これも読んで下さる方々のおかげですicon12
感謝、感謝face05


  


Posted by jasmintea♪ at 12:44Comments(0)コーヒーブレイク

2007年06月02日

私の思い

以前、blog友達で沙奈さん、と言う女性がいました。
彼女と知り合ったきっかけは「蘇我入鹿」
私は日本書紀で残されているような入鹿のイメージが納得できずそのことを書いた時でした。
彼女も「蘇我氏」が大好き、特に入鹿のことは同じように感じていたのですぐ意気投合しました。
こんな本があるよ~、なんてお互いに情報を交換したり入鹿ではなく鞍作太郎のことを話したりして。
蘇我氏邸宅跡発見?の時も2人して「これで蘇我氏への新発見が出てくるかも~」なんて舞い上がったり蘇我氏から高じて「国つ神」と「天つ神」のことも語り合ったりしました。
それが残念なことに一昨年の11月にまだ私より遥かに若い彼女が永眠されました。
お目にかかったことがない人でもblogでいろいろなことを話していたので本当にショックで悲しかったです。

この小説の中で使っている「瀬奈」は「沙奈」さんからつけました。
林大臣に妻子がいた話は松阪市飯高町「能化庵」寺院跡から持ってきています。
もうひとつの入鹿首塚伝承の地ですね。
そして雨乃と柊が手を合わせたのは飛鳥寺の入鹿の首塚です。
(石のことはよくわかりませんが五輪塔がたったのは時代があとになるのでは?と考え塚にしました)

沙奈さん、天国でこの小説もどきを読んでいてくれているかなぁ?
もっと頑張れ~!!!って言われそうだな♪  


Posted by jasmintea♪ at 20:33Comments(0)コーヒーブレイク

2007年04月30日

旧都を訪ねて

28日、29日で関西に旅行に行きました。
今回行きたかったのは難波宮跡、平城京跡。
直接現地に行けば古の人の残り香を感じられるかな?など思っていたのですが、平城京跡はお祭りでにぎわっていたのでちょっと創造力が湧かなかったですが、難波宮跡はすっかりタイムスリップしてしまいました!
最初に跡地で、ここで中大兄と間人が禁断の恋に身を焦がした?とか、ここには軽大王の怨念がこもっている?とか、前期難波宮が火災で焼ける様子とか、後期になってから都市機能を備えたこの宮の玉座に座る氷高内親王の様子を思い描いたりしていました。
そして「大阪歴史博物館」の10階では難波宮をいろいろな角度から展示していました。
たぶん1時間以上この階でフラフラしていたので閉館時間が迫り残り7・8・9階は「見た」って程度になってしまいましたがicon10本当に得るものが大きかったです。

この小説の中では天武天皇の死の直前に書かれている日本書紀の前期難波宮焼失事件の記事と大津皇子事件をリンクさせて書きたいのでとても刺激になりました。
大津皇子事件の前哨として難波宮消失事件があった、って解釈は間違ってはいない、と勝手に自分の中で結論づけていましたface02
そしてこの小説の終点までやっと1本の線でつながった感じです。

あとは大津皇子事件の鍵となる新羅僧行心のイメージの構築なのですがこれがどうもイメージが湧かなくて。
大津皇子に同情的に書かれたとは言え、懐風藻は大筋合っていると思うんです。
そうすればやはりそそのかしたのは行心。そそのかされているのがわかっていても乗るしかなかった大津皇子の哀しさ、そして行心の黒幕は鵜野皇后、と想像する方や、本も多いですがそんな単純な話ではなかったのでは?ってところがうまく表現できると良いなぁ、と改めて思いました。
筆力に乏しい私ですがめげずに自分が思い描く世界を表現できたら!と思っています。

あ、そうだ、あと藤原史(後の不比等)の登場のさせかたが定まらないんですよね(((・・;)
案外史は腹黒い人ではなくその時点、時点で彼にとって一番最良と思うことを実施した。
その結果の積み重ねが永続する藤原氏を作ったワケですが元から後世まで残る藤原氏を意識できるほど彼の世にはゆとりがなかったと言うか他氏を先んじることだけを念頭に入れていたのでは?と最近では考えています。

何となく私の中ではこの時代は明治維新と似ている気がしています。
白村江と壬申の乱で絶えず外からの侵略の危機にさらされた時代。
天武天皇は新羅の力を借りて壬申の乱の勝利したものの、乱後はスピード解決と大らかな政治で国を割って他国につけいらせる隙を与えず数々の改革を成し遂げ国力をつけていった。
その偉大なる天皇に死が近づいたことで陰謀が展開される。
再びこの国に壬申の乱を起こさせ、新羅はどちらかに援助する。
唐さえ追いやった自分達の兵力ならば担ぐ御輿があればそれで良し、その担ぐ御輿が……。
そしてその陰謀の中心が難波宮……。
よし、これで大丈夫!!と難波宮跡を見て思った私でした♪
  


Posted by jasmintea♪ at 08:50Comments(0)コーヒーブレイク