2007年04月21日

始まりはいつも雨

『今日は台風並みの低気圧が通過するため大雨になります。お帰りが遅い方は気を付けて下さい。』

朝の晴天が嘘のような雨と、体を飛ばされそうになるくらいのひどい風の中、「やっぱり天気予報が当ったな」と思いながら、私、葛城雨乃はさっき買った頭痛薬とのど飴の袋をカバンの中に入れ、アパートへの家路を踏ん張りながら歩いていた。
…早く家に帰ってお風呂に入って今日覚えたことを書きとめなくちゃ。
私は毎日の仕事を日記に綴ることが日課になっている看護師になりたてのほやほやだ。
今は仕事ができることが何より楽しく、忙しい1日の仕事を終えたあとのこの心地よい疲労感と充実感が好きだ。
明日の出勤時にはこの雨がやむと良いけど、、と、考えながら歩いていたら突然の強風に体をさらわれそうになってしまった。
…すごい雨と風で車の音も雑音も何も聞こえないわ。
あともう少しでアパート!と、前方を確認するようにふと眺めた視界の先に髪の毛が長い華奢な男性が大雨に打たれるように倒れていた。
私は驚きその場に傘を放り投げ、倒れている人の元へ駆け寄った。
血が流れたり、外傷がないのを目検で確認し脈をみようと手をとった瞬間、私は倒れていた人に腕をつかまれた。
「何するの!」
「待っていたよ。」
その人の消え入りそうな小さな声が聞こえた。
「手を離して下さい!」
「怖がらなくて大丈夫だから一緒に行こう。」
この人は力を入れていない、だけど振りほどこうとする私の腕はつかまれたままだ。
声もこの人が出しているのではなくどこか他のところから聞こえてくるような感じがする。
「行くよ。」
え?行くってどこに?手を離して!と叫ぼうとした時に私の体は何故か地面の中に吸い込まれていった。
「キャーー、何?どうしたの?」
吸い込まれた地面の中は空洞が広がりプラネタリウムのように星が瞬く空間だった。
私の体はその空間をフワフワと舞うように下へ下へとゆっくりと落ちていく。
漆黒の宇宙空間を彷徨っているようだ。
「何?これはどういうこと?」
声に出してみたがちゃんと普通に聞こえる。
最初は驚いたが不思議なことにもう怖さは感じなかった。
私はこのままどこに行くのだろう ?と薄れていく意識の中頭で思っていた。


どのくらいの時間が過ぎたのかわからない。
鳥のさえずりに意識が戻った時は雨は止み穏やかな日差しが注ぎこむ木陰にいた。
太陽が遠くに霞んでいるように感じるが、頬に触れる空気がやけに心地良い。
鳥のさえずり以外他の音は何一つしない静けさだった。
…ここはどこなんだろう?子供の頃見た童話のおとぎの国みたいだな。
あたりを見回すと私をここに連れてきた男性が倒れていた。
ともかくこの人を起こして話を聞かないと。
「すみません。起きて下さい。ここはどこなの?教えて下さい!」と、声をかけたがまだ意識がない。
「すみません、起きて下さい、あなたは誰!」と、今度は揺すって叩き起こそうと触れたその人の手は熱を帯びていた。
あら?熱がある?と、額に触れてみると38度以上の高熱がありそうだった。
熱があるなんて…。病院に連れて行かなくちゃ。どうしよう。
そうだ、とりあえず誰か助けを呼んでこようと、私は少し男性から離れて
「すみませーん。誰かいませんか。すみません。」
と、大きな声で叫んでみたが静かな森の中に自分の声がこだまするだけで何の反応もなかった。
少し遠くへ行ってみれば誰か人がいるかもしれない。
私は病人を残し靴で目印をつけながらもう少し遠くへ離れてみる。
息をおもいっきり吸い込み「すみませーん。誰かいませんか!」と叫んだ。
やっと人の声が応えてくれた。
「どうした?」
駆けつけてきたのは縦縞の長いスカートをはき、帯をウエストで結んでいるちょっと変な服を着た二人の女性だった。
「すみません。この先に病人がいるんです。熱があるので病院に連れて行きたいのですが私一人では動かせません。助けて下さい。」と、頼んだ。
「病人とは男か、女か?」
「男性です。髪の毛が長くて、華奢な体つきで、首に翡翠だと思うのですが翠のネックレスをしています。」
「首に翡翠…」
2人は顔を見合わせた。
「急ぎ案内(あない)せよ。」
靴でつけた足跡を辿りながら病人のところへ急ぐ。
「この人です。」
病人の顔を見た2人の表情は一変した。
『草壁様』『草壁様』と口々に叫び、驚きとともにほっとしたような表情を浮かべた。
年かさの女性が『早く皇后様に!』と指示し、若い女性は転がるように急いでその場から立ち去った。
あっけにとられる私に向かって年かさの女性が
「そのほう、草壁様は生きておいでか?」と、ヒステリックに問いかける。
そう言えばさっきからこの女性って失礼よね。
自分が知っている人なら私に礼を言うのが先じゃない、と、内心ムッとしながら
「熱もありますし、脈も早いですが命には別状ありません。」とそっけなく答えた。
その答え方に相手もムッとしたのか今度は
「そなた、草壁様がここで倒れていたことは他言無用ぞ」と、命令口調で言った。
どこまでも失礼な人。それに変な言葉遣いだし。
私は答えもせずその男性の手を握り麻酔から覚ます時のようにさっきこの人達が叫んだ名前を呼んだ。
「草壁さん、私の声が聞こえますか?聞こえたらそっと目を開いて下さい。草壁さん。」
隣で彼女は慌てている。
「おのれ、草壁様のお手を放せ!」
草壁様と呼ばれたその人はゆっくりと物憂げに目を開いた。
そして私をまっすぐに見て微笑みながら
「雨乃。」と言った。
今度は私が驚く番だった。
「あなたは私を知っているのですか?」
「もちろん知っているよ。葛城のタカミムスビ神が吾に君を迎えにいかせたんだ。」
タカミ?ムスビ??
私は「草壁様」の言うことが理解できなかった。

「葛城の血を引く一族の中にはタカミムスビ神の声を感じる者がいる。
違う血が入り込んで霊力は薄れてきたが吾は時々神の声を感じ自分でも説明できない不思議な力が宿りこの身を動かす。」
「神様が?あなたに??乗り移るんですか??」
「乗り移るのではない。神の声を聞けるだけじゃ。」
…どこが違うの?
「神の声を感じる者は体が弱かったり異形の者もいる。吾も体が弱いし、母上の弟は喋ることができずに幼くして亡くなったと聞く。吾の寿命もそんなに長くは残されていないのであろう。」
ここまで一気に話して彼は疲れたように目を閉じた。
「あ、あなた、えっと草壁様、大丈夫ですか?」
「すまぬ。大事はないが雨乃を迎えに行くのに少し無理をしたようだ。少し…眠らせてくれ…」
私が聞きたいことは何も聞けないまま彼は再び眠りについてしまった。


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Posted by jasmintea♪ at 12:11│Comments(0)小説
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