2007年04月21日

秘密

皇后様が立ち上がると草壁もゆっくり立ち上がった。
志斐は『輿を』と声をかける。
草壁は皇后様に支えられおぼつかない足取りで歩き輿に乗った。
「志斐、草壁を嶋の宮に送り届けてちょうだい。朕は大名児と宮に戻るゆえ。輿はいくつあるか?」
「皇后様の分だけでございます。」
「麻呂は?」
「皇后様、ここに」
どこからともなくくぐもった声が近くで聞こえた。
「ご苦労である。朕はここにいる大名児と宮に歩いて戻るがこのことを誰にも知られないように戻りたいのじゃ。」
「御意」と一言発して麻呂は他の人に何やら声をかけた。

「さぁ、参りましょうか」
…こういう場合はどうやって歩けば良いのだろう?
一緒に歩くワケにはいかないのはわかるけどどれだけあとを歩けば良いのだろう?
逡巡した私に『一緒に歩きましょう』と声をかけてくれた。
すごい、私の考えていたことがわかるんだ、と感心した。

「雨乃、急にこんなことになって申し訳ないと思っています。そなたが暮らしやすいように配慮しますから不自由なことがあったら何なりと言って下さいね。」
「はい。ありがとうございます。」
「ところで雨乃、そなたの格好は面白いですね。そなたの時代の女子はみなそのような格好をしているのですか?」
言われてみたら今日はジーパンに丈の短いジャケットを着ている。
「はい。ズボンと言います。」
「そう。ところでそなたは薬師の心得があるのか?」
帰る道々皇后様はいろいろな質問をされ、その答えのひとつひとつに大げさと思えるほど驚いていた。
中でも一番驚いたのが「字を書ける」と言うこと。
この時代は字を読み書きできる人が少ないらしく私は皇后秘書として採用が決まった。
「いつかは朕もそなたの世界に行ってみたいものです。」と未知への世界への憧れを込めた眼差しで言われた。

「雨乃…さっきは草壁の前だったのでどうしても話せないことがひとつあったのじゃ。朕の話を聞いてくれますか?」
…そうか、皇后様はその話がしたくて一緒に帰ることにしたのか。それでも切り出せないまま違う話をしていたんだ。どんな話なのだろう?
「はい。」
「麻呂、ここでしばし休む」
「かしこまりました」
また麻呂の声がすぐ近くで聞こえたので私は驚いた。
「麻呂も遠めで警護しておくれ」
麻呂は布を敷いてからそっとその場を去った。
敷いてくれた布に座り皇后様は話を始めた。

このことを知っているのは朕と亡き姉しかいない。
スメラミコトにも話していないことなのです。
でもどこかで誰かに話をせねば、と思っておった。
誰かに、と言うのがさきほどそなたを見た時に、そなたに話をしなければいけないのだとわかりました。
このことはそなたの胸の中にしまっておいてくれますか?

私は声を発せずに大きくうなづいた。

朕と姉は同じ男性を夫とし、同じ年に身ごもったのです。


同じカテゴリー(小説)の記事
 終章…そして (2007-10-01 12:52)
 新たな… (2007-09-30 13:48)
 水底から (2007-09-29 20:39)
 追憶…無花果 (2007-09-28 20:47)
 最期の夜 (2007-09-22 10:53)
 血の絆 (2007-09-17 11:57)

Posted by jasmintea♪ at 12:13│Comments(0)小説
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。