2007年04月21日

大津と草壁

朕と姉、大田は同じ年に子供を身ごもりました。
私達姉妹は1人の男性を同じ夫とし、一緒に身ごもり、赤ちゃんの生まれる頃も同じと不思議な糸で繋がっていました。
普通なら婚姻により同居することはなく実家に住むのが慣わしなのですが私達は頼るべき実家に母も祖父もいないので朕と大海人様(スメラミコト)そして姉は同じ大海人様の屋形に住んでいました。
大海人様は幾度の夜も朕と姉のところを均等に訪れ、均等に愛して下さいましたが愛情がどこにあるのかはわかっていました。
母上に似て葛城の血が濃く風が吹いただけで飛んでいきそうな儚さがあり、優しい姉を大海人様は心から慈しまれたのです。
同じ屋形での暮らしは朕には寂しい日々でした。

皇后様は過去に思いを馳せたのか吐息をひとつついた。

2人は不思議なことに同じ日に産気づいて出産を迎えることになったのです。
大海人様はその時那の大津へ行っておられて留守でした。
朕は初産でしたが大したお産の苦しみもなく、まもなく健やかな子が生まれました。
まだほんの赤子なのに目が自分と似ているのが嬉しかったのですよね。
うぉんうぉんと大きな泣き声を聞いていると無事に生まれホッとするやら、生まれた我が子が愛しいやら、生命の不思議さに思いを馳せるやら。
一方姉は、前年に女子を出産し、2年続けてのお産で難産でした。
普段は物静かな姉のどこからあんなに声が出るのだろう?と思えるほどのうめき声を出されその声が屋形の中に響いていました。
朕は姉が心配になり産後すぐでしたが姉のそばでお産を見守ることにしました。
産所に行くと部屋の内は異様な様子でついている侍女も恐れをなして逃げ出したようでした。
陣痛に苦しむ姉の顔は急に悪鬼のようになったかと思うと、次は母上の優しいお顔になったり、かと思うと父に殺されたお祖父様の叫ぶお顔になったり、次は早世した弟の建の顔になったりしていました。
陣痛の間隔が狭まってくると姉は錯乱状態に陥り遂には意識を失いました。
力むことができなければ赤子は出てこられない…
「大田様!」「お姉さま!」
朕と産婆は必死で呼びかけましたが姉の意識は戻らない、、
「お姉さま、もう少しです。しっかりなさって。」
「大田様、もう頭が見えております。お願いです、息んで下さらないとお子が窒息します。」
「産婆、そなたが引き出すことはできないの?」
「仕方ありませぬ。志斐様、婆が大田様のお腹に乗ります、婆がお腹を押し出した時に赤子を引っ張って下さい。」
産婆はまたいで姉の胸の下あたりに手を置きました。
「よろしいですね。もし一度でお出にならない時は二度三度繰り返します。では行きます。いち、に、さん、はっ」
婆は赤子の様子を確認し、
「はい、もう一度、たぶん今度でお出になるでしょう。もっと力を入れますので肩が出ましたら一気に引っ張り下さい。では、いち、に、さん、はっ」
血にまみれやっと赤子が出てきました。が、生まれたばかりの赤子は泣き声をあげませんでした。
「どうしたの?息はしているの?」
「お待ち下さい。」
産婆は何回かお尻を叩きやっと赤子は弱々しい小さな声で「フギャァ」と発声しました。
「フギャァ、フギャァ」
「おめでとうございます。皇子様ご誕生でございます。」
産婆の声が響いた。
「婆、ありがとう、よくやってくれました。志斐もありがとう。良かったわ!」
「すぐにお体を浄めてまいります。」
と、その時小さな声で私を呼ぶ声が聞こえた。
「うの、うの、、」
「お姉さま。気がつかれましたか。皇子様ご誕生です。おめでとうございます。」
「ありがとう。あなたのお子は?」
「はい。皇子様が生まれました。」
「鵜野、あなたの赤子と私の赤子をここに。」
姉は消え入りそうな声でやっと話をしている。
「志斐、お子を、ここに。」
「かしこまりました。」
志斐が私の産んだ子と、産婆がキレイに拭いたお姉さまの子を連れてきた。
「お姉さま、こちらがお姉さまの皇子様です。」
「そしてこちらが私の子。」
この子はまた元気良く泣いている。
「お姉さま、お疲れの身に泣き声は障るでしょう。」と言い志斐に預けた。
「鵜野、人払いを。」
「はい。」
朕は志斐と産婆に一旦下がるように目配せした。
「お姉さま、誰もいませんわ。」
「鵜野」
「はい。」
「鵜野、私の産んだ子はタカミムスビ神の子供だわ。」
「え?」
「タカミムスビ神の子を産んだからにはもう私の残された命は少ない。このまま大海人様に会うこともなく逝ってしまうと思うの。」
「お姉さま、何を言うの?」
「大海人様にこのままお目にかかれないで旅立つのは悲しいわ。あの方は心底、私を愛し慈しんで下さったから。でもね、私はこの運命を悲しんでいるワケではないのよ。これが葛城の血なのだから仕方ないわ。子には葛城の血ではなく大海人様の血を期待していたけど私には男の子が生まれること、生まれてくる子供が神様の声を聞ける子であることがわかっていた。今、改めてこの子を見てわかったわ。今日のこの日に私の子とあなたの子の2人が生まれたのは偶然じゃない。すべてはタカミムスビ神の意なのよ」
朕は混乱で返事ができませんでした。
「鵜野、それでお願いがあるの。」
「はい。」
「私の子をそなたの子とし、タカミムスビ神の子を守ってくれまいか?」
私は言われた意味が理解できず聞き返しました。
「お姉さま、おっしゃることがわかりません。」
「本当にごめんなさい。あなたの子は健康で1人でも生きていける。でもあの子は誰かが守ってあげないと生きてはいけないの。あの子を守ることは葛城のために必要なことなのよ。できることなら私が守ってあげたい、けど、私にはあの子を守ることができない。そう、私は我が子を置き去りにこのまま死んでいくのだから。」
「勝手なことは百も承知なの。わかっていてお願いする姉を許してちょうだい。本当に、本当にごめんなさい。どうか…この子を……あなたの手で………育てて」
「そして……大海人様を………お願い。大海人様と一緒になれて大田は嬉しかったと……伝えてちょうだい。愛しているわ、と……」
最後の方は言葉にならないうちに姉は再び意識をなくしこの日から2年も昏々と眠り続けました。
朕の声かけにも大海人様の声かけにも目を覚まさず、愛しい息子をその手に抱くこともなく、お姉さまは1人逝ってしまわれたのです。

皇后様の目は潤んでいた。

雨乃、朕の本当の子供は大津、姉の忘れ形見である神の子が草壁です。

草壁が大津で、大津が草壁…。
淡々と話すこの女性(にょしょう)はどんな気持ちなのか。私はいろいろな人達の思いに胸が潰れそうだった。
「風が冷たくなりましたね。帰りましょうか。」
私の気配を察したのか皇后様が声をかけてくれた。
「はい。」

初めて見た明日香の夜は星達が降り注ぎこの夜のものとは思えないくらいキレイだった。
こんなに星はキレイなのに…。
私は環境の激変と様々なことを考え眠られなかった。


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Posted by jasmintea♪ at 12:14│Comments(0)小説
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