2007年04月25日

3人の皇子様

それから私は皇后様の部屋へ戻り皇后様へのあいさつを受けた。
誰かがくる前に必ず志斐が解説を加える。
「これからいらっしゃるのは高市皇子様でございます。高市様はスメラミコトのご長男で壬申の乱では自らが先頭に立ち戦われました。
乱のあとはスメラミコトを助け政務をとっておいでです。
とても真面目な方ですので大名児様、くれぐれも失礼のないようにお気をつけ下さいませ。」
…お気をつけ下さいませ、って志斐ったら私が何かやらかすとでも思っているのかしら?と、半分苦笑いをしていたら
『高市皇子様おなりでございます』と、声が聞こえた。
この志斐の鋭い勘は当ることになるのだが…。

「高市、昨日は遅くまで宮でお仕事とか。ご苦労様です」
「皇后様、ありがたいお言葉を頂きまして。昨夜は八色の姓を検討しておりました。姓の再編成を通して氏族を再編成せよ、とスメラミコトのご命令ですが各氏族の調整に頭を悩ませておりまする。」
「そうじゃのう。不平不満がないようにするのは難しいことじゃ。」
と、言われ
「志斐、高市に蘇をお持ちしなさい。」と声をかけた。
「そうそう、高市。ここに控えるは朕が新しく女官にするつもりで呼んだ大名児です。この者は字を読み書きできるゆえ必要な時は朕に言って下さい」
私は話を突然ふられて慌てて「大名児にございます」と頭を下げた。
高市様は頭を下げた私を値踏みするように見たあとゆっくりと皇后様の方に向き直り、志斐からグラスを受け取った。
「いただきます。」と、グラスに口をつけようとした瞬間に私は「キャー」と素っ頓狂な声をあげてしまった。
思わずグラスを落とす高市様、私の顔を見る皇后様、「何事じゃ?」とキツい声音で尋ねる志斐。
「あ、あそこにムカデが!」
私の指先にムカデがいるのを見て皇后様は「大名児はムカデが苦手なのですね」と、笑い出したが志斐と高市様の視線は痛かった…。
…失礼がないようにって志斐に言われていたのにやってしまった。はぁ、穴があったら入りたい。
場をとりもつように「代わりの蘇を」と志斐に命じる皇后様に「いえ、吾はこれで失礼致しますのでどうかお気遣いなさらずに。」と丁寧に挨拶をされてから高市様は退出された。

高市様が退出されたあと志斐は片付けの指示をしながらブツブツ言っていた。
…ここは言われても仕方がない。
本当はもっと言いたいことがたくさんあるのだろうが草壁様がくる時間が迫っているので気ぜわしく動いていた。
ちょうど片づけが終わる頃に『草壁皇子様がおなりでございます』と知らせが聞こえた。

「草壁、昨夜はよく休まれましたか?気分は如何?」
「母上、おはようございます。今日は気持ちの良い朝でございます。」
…あら?草壁様が入ってきたら何だか志斐がいつもの志斐と違う。ちょっと華やいだ笑みを浮かべ草壁様を見つめている。
「母上、この女子(おなご)は昨日もお側に置かれていましたが今父上に、皇后の采女をそちは知っておるか?と聞かれました。」
「スメラミコトはそなたに尋ねておりましたか。」と皇后様は苦笑いをされながら
「この者は大名児と申す。朕の側にいてもらおうと思っておるが嶋の宮にも出入りをさせようと思う。よろしく頼みますよ」と、言われた。
草壁様は私の方に向き直り「どこぞでそちと会った気がするのだが。」と不思議そうに尋ねた。
「昨日が初めてでございます。」
「そうか。母上が志斐以外の女性、それも若い女性をそばに置かれるとは珍しい。吾はなかなか母上のお側にいることができないのでそちが母上を気遣ってくれると嬉しいぞ。」と頭を下げた。
草壁様の目は優しかった。
昨日の神がかった草壁様より今日の草壁様の方がステキだ。
志斐のニコニコもわかるような気がした。
その志斐は「草壁様、皇后様のことでしたらこのようなものではなく志斐におまかせ下さい。それに志斐もまだまだ若いですので。」などと彼女にしては珍しく軽口を叩いている。
「そうじゃな。志斐はまだまだ若くて美しい」
「まぁ、そんなぁ。」
と、自分が言い出しといて顔を染めて照れている。
「さぁ、草壁、ここはもう良いからご飯を食べていらっしゃい。きちんと召し上がるのですよ。」
「母上、それでは。」
皇后様の言葉で草壁様は退出された。

草壁様の後姿を長めに見送っていた志斐は私に向き直り
「次は大津様がいらっしゃいます。」と言った。
「大津様は皇后様の姉君であられます大田様がお産みになった皇子様でございます。先日から朝政に参与されています。」
とだけ話し行ってしまった。
…あれ??今回の解説は簡潔だなぁ。志斐は大津様をよく思っていないのか?
『大津皇子様がおなりでございます』
案内の声が終わるや否や、靴音をかつかつ鳴らしながら大津様は入ってきた。

「大津、昨日は遅くまで高市と宮だったとか。ご苦労様です」
「皇后様、おはようございます」
あまりに闊達で清々しい声につられ私は思わず顔をあげて大津様のお顔を見てしまった。
…何て涼やかで男らしい人。それに人を惹き付ける魔力を持った目をしている。
この意思が強そうな目の輝きは皇后様にそっくりだ。
昨日の皇后様の話を反芻しながらやはり血は隠せない、どう見ても皇后様と大津様は似ている、と私は思っていた。
その私の方を向き「叔母上、朝から話題になっている大名児と申す采女ですね?」と聞いた。
「そなたもスメラミコトに聞かれましたか?」
「いいえ、草壁に聞きました。母上はいつも孤独で寂しそうなので大名児がきてくれて良かった、と話していました。」
「草壁は優しい子じゃ」と皇后様はつぶやいた。
私にはそのつぶやきが寂しそうに聞こえた。
実の息子に愛を与えられず、甥に愛情をかけ育てなくてはいけない、、いや、この女性はそれが寂しいと思うような女性ではないだろうが。
などと、考えていた私は自分の世界に没頭していたらしく皇后様が席を立たれたのにも気がつかなかった。
皇后様は「大名児、どうしたの?」と肩を叩き、心配顔で私を覗き込んでいる。
「申し訳ありません。ちょっとボウッとしてしまいました。」
「無理もない。疲れが出てきているかもしれぬのう。疲れているのに申し訳ないがそなたに頼みがある。昨日、朕に見せてくれたノートとシャ、、何でしたっけ?字を書ける道具を大津に見せてくれまいか?」と小さな小さな声で言われた。
「でも皇后様、あれを見せますと私のことがバレませんか?」と私も小さな小さな声で返した。
「大丈夫。この先の世界のモノとはわからなくてよ。」とささやくように言って悪戯な笑みを浮かべ、「志斐、人払いを。大津と大名児と3人だけにしてちょうだい」と普通の声を発した。
志斐は「私も行かなくちゃいけないの?」と不満を背中で訴えながら奥へと消えた。

私は自分のバッグの中からノートとシャープペンを出した。
「大津、このことはみなには内緒にして下さいね」
「はい。叔母上、何ですか?とても楽しそうですね」
「大名児、昨日書いた朕の絵をまず見せてちょうだい」
私はA4のノートにスケッチした皇后様の似顔絵を見せた。
「これをそなたが書いたのか?」と驚いている。
その驚き方に満足げな表情を浮かべ皇后様は「これで書いたのじゃ」とシャープペンを手に持ちはしゃいでいる。
「ここを押すと芯が出て書けるのじゃ。大津もやってみなされ。」
シャープペンはまるでダイヤの指輪のように丁重に大津様に渡された。
大津様は手にしたシャープペンをノックした。
皇后様はノートを差し出す。
大津様は真面目な顔をして緊張しながら子供の落書きのように○を書いて塗り潰していく。
そしてまたノックして芯を出してみたり折ってみたり。
これって昨日の皇后様の動作と同じ。
お二人ともすごい探求心だな、この人達は決して生まれだけで今の地位にいるわけではないんだ。

『忍壁皇子様がおなりでございます。』と、案内の声が知らせた。
どうやらシャープペンのせいで時間を超過していたらしい。
「大名児、次は吾の絵を描いてくれ。約束だぞ。叔母上、大名児を借りてもよろしいですか?」
「かまわねが大津の絵は2枚書いてもらって朕が1枚もらうが良いか。」と聞かれた。
「取引成立です」と、微笑んで大津様は爽やかな風とともに急ぎ退出された。

このあとは忍壁皇子様、志貴皇子様、川島皇子様がいらしたが私は覚えていないくらい夢見心地だった。


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Posted by jasmintea♪ at 22:42│Comments(0)小説
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