2007年04月25日

芽生え

それからの数日間、私は『雨乃画伯』になった。
大津様は忙しい合間を縫ってモデルになっていく。
皇后様も時間がある時は一緒にいるが二人だけの時もあった。
椅子に座り私を見つめる大津様に私は胸の高鳴りを感じ思わず「ふぅ」とため息をついてしまった。
「大名児、疲れたであろう。休憩しよう。」と、部屋に置いてある壺から甘い水をグラスに注いでくれた。
「大津様、そのようなことは私がやります。」
「良い、良い。そなたは少し休んでおれ。」
と、言いながらグラスひとつを私に渡し、デッサンをのぞきこんでいた。
「そなたの絵は素晴らしいのう。何でこんな上手に描けるのじゃ?」
…高校時代は美術部と新体操部のかけもちだったんです〜!と答えたいところを、
「申し訳ありません。皇后様との内緒の約束ですので」と頭を下げた。
「そなたはまことに不思議な女子(おなご)じゃのぅ。」と言い、続けて何かを言いかけたもののその言葉を呑み込んだ。
「大津様、何か?」
「いや。何でもない。」
「ですが今、何かおっしゃろうとなさいませんでした?」
「いや。」
「そうでございますか?それなら構いませんが。」
「いや…。」
「先ほどから『いや』ばかりでございます。」
「いや、ではそなたに聞くが。」
「はい。」
「そなたは草壁の妃としてここにきたのか?」
「草壁様の妃ですか?おっしゃる意味がわかりかねますが。」
「そなたは草壁の妻になるのか?」
「そんなことはございません。皇后様からも草壁様からもそんな話は伺っておりませんし草壁様には阿閉様がいらっしゃいますので。」
「そうだな。そうだ。それは良かった。吾は安心した。」
「え?」
「いや、あ、別に何でもない。そうじゃ、それより吾は女官にも采女にも人気があるのだがそなたは存じているか?」
「はい。それはみなが噂しております。大津様に興味がない女子はいないでしょう。」
「そうか?他の女子は興味があってもそなたは吾には興味がないように見える。」
「そ、そんなこと、ございません。」
つい、口をついて本音が出てしまった。
いけない!こんなことを言っては。どうしよう?
目をあげた私と大津様の視線がぶつかった。
「あ、あの」「お、大名児」視線に続き言葉もぶつかった。
…うわ、どうしよう?と思案していた時に救いの神のように皇后様の声が聞こえた。
「大津、きていたのですか?」
「あ、皇后様、お邪魔しています。」
「あら?今日は大津は私的な場所でも皇后様なんて言ってどうしたの?何か慌てているようですが。」
「いえ、そんなことはありません。」
「そうですか?今日は絵は進みましたか?」
「はい。でも今日はもう大名児が疲れておるようなので今、帰ろうとしていました。」
皇后様は私に視線を向けて「あら、大名児、顔が赤いわ。少し調子が悪いのではありませんか?」と問われた。
「いえ、大丈夫でございます」
顔が赤いと言われますます顔が赤くなっていくような気がした。
「それでは叔母上、父上がお待ちですので。」
「そうかえ。それではまたの折に参られませ。今度は酒など用意させましょう。」
「ありがたきこと。では大名児、よく休むのじゃぞ。皇后様、吾はこれにて。」と退出された。
私と皇后様はその後ろ姿を見送っていた。


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Posted by jasmintea♪ at 22:43│Comments(0)小説
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