2007年04月28日

悪い予感

先日『八色の姓』が発表された。
これは今までの「臣」「連」「国造」「伴造」などの旧い姓を新しく「真人」「朝臣」「宿禰」「忌寸」「道師」「臣」「連」「稲置」に変えることで「氏族」より「国家」を意識させ、官人に序列をつけ新たなる秩序を作り中央集権国家の基礎を確立する事業であった。
先日はまだ真人のみの下賜だったが高市様を中心に草壁様、大津様が実際の作業にあたられている。
この先、順に下賜されるそうだ。
このように力強く改革を断行していくスメラミコトだったが公式的には伏せられているが最近あまり体調が良くないらしい。
どこが悪いと言うのではなくお顔の色がすぐれない、急激に痩せてきた、と皇后様は言われた。
私にも何か心当たりがないかと聞かれ「わかりません」と答えたが、胃ガンの患者さんと症状が似ているような気がした。
もし、胃ガンだったら…外科的手術も化学療法もないこの時代、、いずれ遠からぬ日にスメラミコトの命は消えていくのではないか?
この予感が当たるとしたらこの先スメラミコトは一旦健康が回復したように見えて、ほどなくもっとお悪くなるだろう。
そうしたら皇后様や草壁様、大津様はどうなるのだろうか?
私は自分の未熟な勘が当たらないよう祈った。

しかし伏せられていると言っても自然と情報は流れていくもので最近は宮全体が落ち着かない雰囲気になっていた。
皇后様の元には様々なお客様がやってくるがスメラミコトの病気の噂が風に乗って聞こえてくると
「皇后様、先帝の近江京は風流で良かったですなぁ」と言うような人達が多くなった。
私には誰が壬申の乱でスメラミコトの味方をし、誰が敵として戦ったのかはわからないが、今の御世では赦されたものの閑職につくしかなかったり出世もできない人達がほとんどなのだろう。
こういう人達が皇后様に擦り寄ってくるようになったのも微妙な風の変化なのかもしれない。
この風の変化が皇后様にとって良いことなのか、悪いことなのか?
そして擦り寄ってくるものの中には近江京を支えた百済や唐の技術者や、その人達を動かせる一族の長らの姿が目立った。

そんなある日、私はいつものように草壁様の娘である氷高女王様の元へ行った。
氷高様は少女ながらに気品があり、凛としていて、もしかしたら草壁様より神の血を濃く受け継いでいるかもしれない、と思うほどだ。
「氷高の話し相手になっておくれ」と言ったのは皇后様だったが(皇后様も私と同じように氷高様のことを感じていたのかもしれない)私はこの少女が大好きになり、氷高様も私になついてくれた。
私達はいつも棒を使ってキレイに整備された嶋の宮の庭をキャンパス代わりに絵を描いたり、私の知っている童話を教えたりして時間を過ごす。
氷高様は私が退出する時は「もっとたくさんお話して。」とおねだりして離してくれないのが常だが今日は何故か「絶対帰っちゃダメ」とダダをこねて激しく泣いている。
いつもはダダをこねても優しいお父さんの草壁様が話すと納得するのだが今日は何を言っても聞いてくれない。
草壁様も困り果て
「大名児、抱いて奥へ連れていくから戻って良いぞ」と言われた。
氷高様の私を呼ぶ声と泣き叫ぶ声は段々遠ざかっていったが私の耳にはしばらく泣き声が残っていた。

それにしても今日は何て静かな夜なんだろう。
すべてが静寂の中に包まれている。
何も物音が聞こえない気がした。
「今晩はすごく静かね。」私は皇后様が選んでくれた侍女の『瀬奈』に声をかけた。
「はい。不気味なくらいの静けさでございます。」
「不気味」と言った瀬奈の言葉に氷高様の怯えたような泣き声を思い出し私は不安になった。
どうしてこんなに静かなんだろう?と、もう一度考えようとしたその時に大地が激しく揺れた。

後の記録にはこのように書かれているそうだ。
「国中の男も女も叫びあい逃げ惑った。
山は崩れ河は溢れた。
諸国の郡の官舎は破壊されたものは数知れず、人畜の被害は多大であった。」

この他にも伊豆島が隆起してひとつの島になったとか、土佐国では高波が押し寄せ海水が湧きかえり舟が流失したとか、大きな隕石が雨のように落ちてきたことも記載されている。
(講談社学術文庫「全現代語訳日本書紀」宇治谷孟著より抜粋)


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Posted by jasmintea♪ at 00:09│Comments(0)小説
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