2007年05月22日

決意

皇后様は中腰になっている私と同じ姿勢になり、
「大名児、志斐、ありがとう。」と頭を下げられた。
私は皇后様よりも深く頭を下げ、志斐は下げようとして草壁様の頭が膝に乗っているのを思い出し、
「ひめみこ様、とんでもございません。」と皺くちゃな顔で言った。
志斐の皇后様への想いはスゴい。
皇后様より2歳上なのにまるで母親のように皇后様を守る。
志斐の両親は皇后様のお祖父様に仕えていて志斐は幼い頃より皇后様をお守りするための教育、訓練を受け大きくなったそうだ。
それは瀬奈も同じで葛城の血を引く天上の方に仕える者を輩出することが一族の誇りらしい。
志斐は皇后様のお祖父様から直接皇后様の身の回りの世話をすることを言いつかり、お祖父様、母君様が亡くなり姉妹一緒にスメラミコトに嫁ぐ時も付き添い、姉上様を亡くされ悲しみに沈む皇后様を励まし、父君様亡きあとはスメラミコトと身ひとつで吉野にこもられ、皇后様の兄弟にあたる大友様との戦いを支え勝利し、今はこの宮で皇后として奥を取り仕切る波乱の人生を一緒に旅してきた女性だ。
私に対しての始めの頃の態度も皇后様と皇后様の産んだただ一人の息子、草壁様を想う一心からのことだろう、と最近の私は志斐に好意を持っている。
この志斐の一途な想いは皇后様の救いかもしれない。

「草壁、もう苦しくはありませんか?」
草壁様の顔を愛おしそうに触れる皇后様は慈愛に満ちていた。
…私が仕事をしていた病院の看護師長に似ている。
「母上、また心配をおかけしまして申し訳ございません。」
「そなたが健やかであれば心配など何ともない。」と草壁様に優しく微笑み、
「大名児、もう草壁を寝所に動かしても大丈夫かえ?」と尋ねた。
「はい、大丈夫だと思いますが歩くのにどなたか男性に支えて頂いた方がよろしいかと。」
「皇后様、畏れ多いことですがやつがれが寝所までお供してよろしいでしょうか?」
と、それまで成り行きを見守っていた若い男性が声をかけた。
草壁様はその人を見て安心した表情をして、
「史、そこにおったのか。頼む。」と言われた。
私は皇后様のうなづきを確認してから
「そうしましたら史様、よろしくお願い致します。では草壁様、ゆっくりと頭を持ち上げ起き上がり下さい。はい。頭がクラクラしたり、痛かったり、目が回っていたりしませんか?」
「いや、大丈夫じゃ。」
「はい。そうしましたら立ってみましょう。史様、脇の下から腕を抱え込むようにしっかり支えて下さい。まだ足が震えると思いますので力が入らなかったら無理なさらないで下さいね。如何ですか?」
草壁様は史様に支えられながら立ち上がり皇后様を安心させるように
「母上、大丈夫です。もう何ともありません。」と、まだ震えが残る足で懸命に踏ん張りながら微笑んだ。
「史、早く朕の寝所に。志斐、先に戻り支度を整えておくれ。」と、指示した。
「皇后様、やつがれが草壁様を嶋の宮までお送り致しますゆえ、皇后様はここでお休みください。もし何かございますればすぐに知らせますゆえ」
と、目配せをした。
皇后様は一瞬、逡巡なさってから「すべてそなたにまかせましょう。」と言われた。
史様と草壁様が見えなくなってから皇后様は瀬奈にこの場にいた者と、使いに走った者、そして麻呂を呼んでくるように声をかけた。
戻ってきた志斐と瀬奈に麻呂を加えた一堂7人がほどなく集まり皇后様は静かに口を開いた。
「みなのもの、よく草壁を助けてくれた。この通り礼を申す。」と頭を下げられた。
「そなた達の忠に報いなければならぬが、申し訳ない、今日のことは公にできぬ。朕を助けると思い今宵のことは忘れて下され。麻呂、そのように取り計らって下され。」と言われた。
「その方ら、皇后様のおっしゃることがわかるな。他言無用ぞ。」と志斐は低く重い声で言った。
さっきの史様との目配せはこのことだったのか。
私はまたもや自分の甘さを認識し、自分の鈍感さに腹がたった。

みんなが下がり、皇后様と二人になると、
「雨乃、そなたはさきほどのことを気にかけているのであろう。」と、言った。
図星をさされた私は視線をあげられずに下を見ていた。
「良いか、そなたは今のままのそなたで良い。変な気は回さずとも良いのじゃ。そのまっすぐな気性で陽のあたる道を歩いておくれ。影や裏は朕が引き受けるゆえ。」
「でも」と、言いかけた私の言葉を遮るように
「さあ、それより草壁が倒れた時の詳しい様子とそなたの見立てを教えておくれ。」と言われた。

一通り話終えた私に皇后様は質問をされた。
「その過呼吸とやらはどうして起こるのかえ?」
「責任感が強い人が自分の責任を果たすのに心が疲れたりすると表面上は元気そうに見えても先に体が反応します。過呼吸もですが体自体は悪くないのに頭痛が続いたり、微熱が続いたりすることもあります。」
「最近草壁の調子が悪いのもそのせいであろうか?」
「はい。その可能性が強いかと。」
「のう、雨乃、草壁の心の負担は神の声が聞こえることであろうか。それともスメラミコトになることであろうか。」
「皇后様、私の考えを申し上げてよろしいですか?」
「元よりそなたの考えを聞いておるのじゃ。気にせずに言うておくれ。」
「はい。話の途中で草壁様に戻られたことからも霊力が弱まっている気が致します。霊力の弱まりが生気を奪っているような。私には政はわかりませぬが今のままでは草壁様のお体は激務には耐えられないと思います。」
「雨乃、よく言うてくれました。朕も同じ思いです。スメラミコトにご回復頂くのが一番じゃが、万が一の場合でも草壁に無理はさせられませんね。無理をさせれば草壁の命が危うくなる、、そういうことですね。」
私は黙ってお辞儀をした。
「わかりました。そなたの見立てを朕は草壁のために忘れないようにしましょう。」
と、その時
「皇后様、ただ今史様より無事に嶋の宮に戻られたと知らせが参りました。」と志斐が告げた。
「志斐、いろいろとご苦労であった。朕ももう休むゆえそなたも休みなさい。」
「雨乃、今日はもう休みましょう。そなたも疲れたであろう。明日の朝は少しゆっくりなさい。」と言われ2日分くらいあったような長い1日は終わった。


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Posted by jasmintea♪ at 22:57│Comments(0)小説
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