2007年05月24日

思惑

宮に戻り皇后様の執務室に入ると「雨乃、心配していました。」と皇后様は駆け寄って私の手をとった。
「無事に戻って良かった。先ほど大津も無事に戻ったと連絡がきています。」
私は皇后様へのお礼より先に大津様の帰還にホッとした。
「皇后様、ご心配をかけまして申し訳ありませんでした。」
「そなたと大津が無事で何よりです。柊、麻呂、ご苦労であった。」
私は皇后様のお言葉と同時に2人に向かい深々と頭を下げた。
「雨乃、ここにいる3人は朕を支えてくれている方々です。そなたのことも、草壁のことも承知しています。一応麻呂を除く2人を紹介しておきましょうね。こちらは兵制官長中臣大嶋です。中臣はタカミムスビ神を信仰しています。」
白髪の初老の男性が「中臣大嶋にございます。雨乃様には初めてお目にかかります。」と、落ち着いた、優しげな声で言われた。
ふと私は現代で私を心配しているであろう父を思い出した。
そう言えば父に似ているかも。
「雨乃にございます。大嶋様、よろしくお願い申し上げます。」
大嶋はニコニコと微笑んでいた。
「そしてこの若者はさっきそなたを助けた柊。この若さで此花一族の長の信頼を得て右腕となっています。志斐の親戚なのですよ。あと、もうひとつ、そなたの傍にいる瀬奈も此花一族の娘で真の名は楓です。」
「柊様、今日は危ないところをありがとうございました。」
柊様は慌てて「雨乃様、吾のようなものに様をつけてはいけません。柊と呼んで下さい。」と言った。
「さぁ、それでは話を聞かせて下さい。雨乃、そなたもそこにお座りなさい。」
「え?あの、皇后様私などがこの場にいるのは場違いだと思うのですが…。」
「草壁のことを一番承知しておるのはそなたです。気にせずにお座りなさい。」
「はい。」私は着席した。
私が着席したのを見て大嶋が皇后様に声をかけた。
「皇后様、畏れ多いことですが大嶋よりお願いの儀がございます。」
「申してみよ。」
「この席に史も加えて頂きたく存じます。」
「中臣史ですか。草壁は史を信頼しておるようじゃな。」
「その通りにございます。」
「大嶋、この場に呼ぶと言うことは雨乃のことも草壁のことも話さなくてはなりません。朕はまだ迷っているのです。」
「皇后様、史の洞察力は卓越しております。我らに見えないことも彼には見えると思いますが。」
「わかりました。今日はどうしてもそなたらに話しておきたいことがあるので次回から考えましょう。」
「承知いたしました。」
大嶋は一礼した。
「では、麻呂、今日の話をまず聞かせておくれ。」
「はっ。今日大津様と大名児様が会われた頃に瀬奈より周りを新羅の言葉の者に囲まれている、と知らせがありました。瀬奈は今まで大名児様がつけられたことはないので尾行されたのは大津様ではないか?とも伝えてきました。吾は柊に現場に向かわせ、大津様と大名児様の身の安全の確保と怪しい者の追跡を頼みました。」
「新羅の者が何故大津を尾行するのでしょう?」
「皇后様、それは今、柊の手の者がその者がどこへ帰るか追跡しておりますので少々お待ち下さい。」
「そうであるな。相手がわからねば早計じゃ。それでは先に朕の話をしよう。」
皇后様は大きく息を吸い込んだ。
「朕はスメラミコトの後継には大津を推挙しようと思う。」
3人は驚きの顔で皇后様を見つめ互いに視線を合わせ、次の言葉を待った。
「みなも知っての通り草壁は霊力も弱まり生気が落ち、最近は寝込んだままじゃ。スメラミコトのあとを継ぐのは無理であろう。表の顔であるスメラミコトは大津が継げば良い。葛城の血は氷高に継がれるから皆の者は心配はいらぬ。」
「皇后様、草壁様の今の状態は吾も憂慮しております。母君としてのご心配なお気持ちもお察し申し上げます。ですが、やはり皇太子は草壁様でないとなりませぬ。大変申し上げにくいことですが大津様には新羅がついております。」
と、大嶋が一気に喋った。
「大津と新羅が繋がっているようなことはありませぬ。新羅の者が一方的に大津の即位を期待しているだけじゃ。」
「では、皇后様は新羅の期待に応え大津様の即位を考えられるとおっしゃるのですか?」
大嶋の痛いところをついた問いに皇后様は珍しく声を荒げ椅子から立ち上がった。
「そなたは何を申すか。」
「皇后様に申し上げます。筑紫の太宰より新羅の朝貢使がこちらに向かっていると報告があります。」
2人の間に割って入るように麻呂が告げた。
皇后様も大嶋も麻呂の言葉に驚き2人ご一緒に
「新羅からの朝貢使」とつぶやいた。
「新羅からは朝貢の連絡が来ているのかえ?」
「史殿が調べたところによるとそのような連絡はないようです。」
「ううーむ」
「皇后様、吾からの提案ですが皇太子の件は今、結論を出すのは早いかと思います。諸事情や草壁様の具合を考慮してもう一度考えましょう。皇后様のご意向はご意向としてこの麻呂も、大嶋殿も胸に留めておきますゆえ。それで如何でございましょうか?」
「承知。」
皇后様は一言だけ発し心を落ち着けるように椅子に座り直した。

と、その時志斐が「皇后様、瀬奈が戻りました。」と告げた。
「瀬奈をここに。」
「皇后様、ただ今戻りました。」
「ご苦労であった。新羅の者らはどこに消えた?」
「それが難波宮の修築の人夫の群れに消えました。」
「難波宮の修築?」
「はい。」
「新羅の者が難波宮…。そして筑紫には朝貢使…。大津様の尾行…。」大嶋は呪文のように2度同じことを言った。
「新羅の者が難波宮…。そして筑紫には朝貢使…。大津様の尾行…。」
「大嶋、新羅の狙いは何であろう?」
大嶋は皇后様の問いかけも無視しもう一度モゴモゴと
「新羅、難波宮、朝貢使、監視」と言葉を変えた。
「大嶋、そなたは大津を監視するために新羅が朝貢に事寄せくると言うのか?」
「いえ、皇后様、申し訳ありません。この老いぼれ頭では何もわかりませぬ。」
大嶋の急におじいさんぶった言い方に皇后様は苦笑いをしながらため息をつかれ、
「大嶋、そんなことを言ってそなたの魂胆は見えています。わかりました。。今日はこのまま散会にし次回は改めて史を加えみなで知恵を出し合いましょう。」
「ありがたきこと。」大嶋は立ち上がり皇后様に向かい礼をした。
退出しようとして皇后様は後ろを振り返り
「そうじゃ。柊、長には朕から頼むゆえ里には帰らずここで雨乃を守ってくれぬだろうか?」と言った。
「すべては皇后様のお心のままに。」柊は頭を下げた。
「感謝致します。それと麻呂、草壁の警護ももう少し厳重に致しましょう。」
「はっ。皇后様の警護も人を増やしましょう。」
「そうじゃ、あとのぅ、麻呂。」
皇后様は真剣な表情を崩し何やら思い出したようにクスクス笑った。
「そこにおる、年寄りぶった白髪頭のお年寄りも守って差し上げて下さいね。」
つい、私は声をたてて笑ってしまった。
大嶋はさすがに皇后様には何も言わず
「雨乃様、笑いすぎにございます。」と渋い顔で優しく言った。


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Posted by jasmintea♪ at 21:06│Comments(0)小説
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