2007年06月08日

此花の里へ

くぅは飛んでいるのか?走っているのか?
確かに地面を蹴っているので震動は乗馬のように体に伝わってくるが足は地面についていない。
振り落とされないか心配で初めはくぅにしがみつくようにしていたが段々慣れて周りの景色を見られるようになると木々が私達を避け軟体動物のように変化している不思議な光景に気がついた。
「すごい!」そして驚くことにすれ違う人達も目の前を走っている私達に気がつかない。
…何故なんだろう?
走ったあとを振り返ると風が通り過ぎていったように木々がざわめき枯れ葉が舞い、人々は突然の寒風に寒そうに肩を縮めていた。
もしかしたら私は風になっているのだろうか?
くぅの背も、空気も気持ちよく今まで経験したことがない自然との一体感に私は包まれていた。
「雨乃様、畝傍山です。ここからの景色を見せてあげてほしい、と皇后様より頼まれました。」と、先導するように走っていた柊が止まって教えてくれた。
「あちらが金剛山、これから向かう葛城山、そして二上山です。畝傍山は古より母なる山として親しまれています。」
木立の間から見える景色は霞がかかっていてとてもキレイだった。
山の中で高いせいか空気も浄化されている感じがする。
深く深呼吸をしておいしい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「はぁ!空気がおいしい!ねぇ柊、ちょっと時間はあるかしら?この素晴らしい景色を絵に描きたいんだけど良い?」
柊は微笑みながら「構いませんよ。隣で見ていても邪魔になりませんか?」と聞いた。
「全然大丈夫よ。」
私は皇后様と大津様に見せるためにスケッチに励んだ。

スケッチを終え、私は再びくぅの背に乗って葛城山に向かった。
「ここが高天の森にございます。ここからは歩いて里に入らないといけません。吾が先に歩きますゆえあとをついてきて下さい。」
「はい。」
森の中に入っていくとまだ太陽は沈んでいないのに暗かった。
木々は冬支度に入り葉を散らし、葉や枝が空を隠しているわけでないのにここは深緑の森のように鬱蒼としている。
一瞬土の中から手が出て私の足を掴み、地の底に引きずり込まれそうな錯覚に襲われた。
怖い!こんなところで柊と離れてしまったら…私は森の深さに脅え思わず柊の手を握った。
柊は一瞬戸惑った表情を浮かべたが私の不安げな顔を見て「大丈夫ですよ。」とニッコリ笑いながら手を握り返してくれた。
「子供の頃、森の精霊の絵本を読んだの。心の卑しい者は森の中で精霊に見放され一生さ迷い続けなくてはならない。迷いの森から抜け出せないのよ…。」
「ここの精霊は人が悪さをしなければ我らを見守ってくれます。」
「柊には精霊が見えるの?」
「残念ながら見えませんが葛城の血を引かれる方には見えます。」
「皇后様には見えるの?」
「はい。皆様が見えるわけではありませんが皇后様にも翁にも見えます。」
「翁にも?葛城にゆかりがある方なのですか?」
「それは雨乃様が直接翁にお尋ね下さい。」
「翁とはどのような方なのでしょう?お目にかかるのが楽しみよ。」
「ハハ、雨乃様はまるで想い人に会いにいくようですね。」
柊は笑いながら言った。
「だって皇后様があんなに楽しそうに贈り物を選んでいらしたのよ。皇后様があのように嬉しそうなお顔をなさるなんてどんな方なのかしらと思って。」
「きっと雨乃様は驚きますよ。」柊は皇后様と同じセリフを言った。
話しているせいか、人の手のぬくもりがもたらす安心感からか、気持ちが落ち着いてきたようだ。

いつのまにか目の前が開け私たちは小高い丘の上に立っていた。
丘の上からは川が見え、川原では楽しそうに話をしながら野菜を洗ったり煮炊きする女性達が見える。
川原からやや離れた場所には数十軒の家が寄り添うように点在しひとつの集落を作り、その集落が川沿いに5箇所くらい広がっている。
「ここが我が此花一族の里です。」
私は目の前に広がる光景を呼吸をするのも忘れたように見つめた。
何とのどかで心が落ち着く光景なのだろう。
宮からそんなに離れていないのにまるで別世界、世の喧騒とはかけ離れ柔らかな光に溢れている。
「あの川上の山の入り口の赤い鳥居が見えますか?」
私を目を細めて探した。
「はい、見えます、見えます。」
「あの鳥居の先にタカミムスビ神が祀られ翁が守っています。さぁ、翁のところに行きましょう」と、柊が言った。
『くぅくぅ』
いつのまにかくぅが隣にきて私の手を舐めている。
「くぅ、迎えにきてくれたの?」
私はくぅに抱きつきながら聞いた。
『くぅ』
「ありがとう!翁のところに連れていってちょうだい」
『くぅ!』
くぅは私のはやる気持ちを察したのか超特急で走り出した。
くぅはあっという間に川原を走り、集落を通り越し、赤い鳥居の下に着いた。
「くぅ、こんなに早く走ってくれてありがとう」私はくぅの喉元を撫でながらお礼を言った。

その時、
「ようこそ」と後ろから声が聞こえた。
…菊千代の翁だ!


同じカテゴリー(小説)の記事
 終章…そして (2007-10-01 12:52)
 新たな… (2007-09-30 13:48)
 水底から (2007-09-29 20:39)
 追憶…無花果 (2007-09-28 20:47)
 最期の夜 (2007-09-22 10:53)
 血の絆 (2007-09-17 11:57)

Posted by jasmintea♪ at 20:36│Comments(0)小説
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。