2007年06月14日

つらい過去

次の日、翁と柊は草壁様に献上する神泉の命水を汲みに行ったので、私は茉莉花様とスメラミコトに煎じる薬草を摘みに行きいろいろな話を聞いた。
此花一族は壬申年の戦の折は夫を選んだ皇后様の意思を尊重し、諸国の豪族がスメラミコトに従い兵を出すよう促したり、その見返りを調整したり、挙兵の際の兵糧や馬、武器の調達、伝令など側面支援に奔走したそうだ。
兵力は持っていないので戦に直接参加することはなかったが戦の勝利は此花一族の支援のおかげとスメラミコトは深く感謝をし明日香に戻った時に翁を宮へ招待したが翁は、「スメラミコトに拝謁できる身分でないので辞退申し上げる、我が一族は皇后様のご意向に従っただけなので栄誉は一切いらぬゆえ皇后様を末永く大切にしてほしい」と、言ったそうだ。
此花一族がこのような力を持っていたのは蘇我氏の遺産で皇后様の母君の遠智様の母君は葛城の女人で蘇我の莫大な倉を管理していた倉山田石川麻呂と結び付いた。
この流れこそが葛城と蘇我の合流で実社会の主流であり、これを機に此花一族は馬、鉄、建築力をも手に入れて力を増したらしい。
これから藤原京の建設も本格化してくるがそれにも翁の采配は欠かせなくスメラミコトも一目おかざるえない状況だ。

「実は私は此花一族の女ではないのです。」
「私は紅蓮の炎の中で地獄を見、死ぬはずでした。」
突然に茉莉花様は言った。

…私が生まれた里は此花の里に勝るとも劣らない静かな近江の山里でした。
此花一族のように特殊な能力はありませんが土地に恵まれていたので食べ物に困ることもなく里全体が静かで穏やかで、父は里の警務を行い母、兄、弟と幸せに暮らしていました。
ところが朝廷が2つに割れる壬申年の戦が始まりました。
天上のことで私達に何の関係もないことなのに父が守る里の倉にある食糧と武器を供出せよ、と近江方の蘇我左大臣(赤兄)の軍がやってきました。
当然それは里の者が冬を越すための食糧だったので父が拒否するとあっと言う間に父は刃で貫かれました。
助けに入った兄も斬られそこから兵の略奪が始まりました。
私は母のとっさの機転で隠し物入れの中に入れられ隙間から一部始終を見ていました。
奴らは倉のものをすべて運び出したあと母を犯そうとしました。
いつも優しい笑みを浮かべ美しかった母の顔を兵達は殴り、抵抗する気を奪ったところで何人も何人も…。
途中で母はショック死していたのにそれでも奴らは母を離そうとしませんでした。

茉莉花様は震えていた。

目的を達した奴らは火をつけました。
今、出て行けば自分も殺される。もしかしたら10歳とは言え自分も母のようにされるかもしれない。
ならばここで私も火に焼かれて父、母、兄と一緒に死のう、と決意しました。
でも、人間って面白いものですね。死を選びながら私は煙で苦しくて息ができずにつらくて『誰か助けて』と炎の中で叫んでいたのです。
その私の叫びを聞き助けてくれたのが翁です。
でも、火の中から助け出された私は自分で助けを求めたにも関わらず「何で私を助けたの?私はあのまま父上、母上と死にたかったのに」と泣きながら菊千代様を責めました。
やりきれなくて、悔しくて、悲しくて、行き場のない思いを助けてくれた人にぶつけることでしか自分を保てなかったのです。
「助けた儂を恨むなら恨め。恨まれても儂は助けたからには一生そなたを守る。」と言いこの里に連れてきました。

雨乃様、人の世は不思議なものですね。
自分ではすべて無くした、もう何も残っていないと絶望してもまた春になれば梅の花は咲くし、蛍は輝くし、雪が降れば寒いと感じるのです。
辛くても、悲しくても亡くなった人の分まで残された者は生きなくてはいけないのですよね。
万が一雨乃様が死んでしまいたいような想いをした時は茉莉花の話を思い出して下さいね。
私も何があろうと生きていきますから。

茉莉花様の話はそこで終わった。頬を撫でる風がいつのまにか冷たくなってきた。
「もう寒くなってきましたね。翁も柊も戻っているでしょうから私達も帰りましょうか。」と遠い日の自分に決別し、今の自分に戻るように静かに言った。

里に戻ると「茉莉花、ご苦労であったな。寒くなかったか?体を暖められるよう酒の用意もできているぞ。讃良がたくさんの酒を見繕っているでのぅ。」と優しく翁は言った。
「はい。それでは着替えて参りますわ。」
「そうか、では儂も手伝おう。」
と、部屋に戻る茉莉花様について翁も行ってしまった。
私は茉莉花様が何故この話をしてくれたのかもわからずに、すっかり2人にあてられて、私も1日も早く大津様と一緒にに暮らしたい、とただ願っていた。
この旅から戻り、スメラミコトがお元気なまま新年を迎えたら、この時の私は希望に満ちていた。


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Posted by jasmintea♪ at 00:05│Comments(0)小説
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