2007年06月21日

旅の帰途

翌朝、旅立つ私達を翁と茉莉花様は送ってくれた。
茉莉花様は目が潤んでいる。
「茉莉花、泣くでない。」
「はい…」
「仕方がないのぅ。この1週間ずっと雨乃と一緒だったからの。」
「茉莉花様、また来ます。ありがとうございました。」
「良い良い。もう行きなさい。気を付けて戻るのじゃぞ。柊、そちに託したぞ。」
柊は何も言わず深くお辞儀をした。
「では。」
遠ざかる私を見つめながら翁は
「茉莉花、あの雨乃の笑顔を見ると何とも言えんのぅ…。たまらんわい。」と言った。
「あなた、雨乃様の占は変えられないのですね。何も知らずにあんな無邪気に旅立たれて。」
「…」
「柊もかわいそうに。」
茉莉花様はまだ一筋の涙を落とした。

茉莉花様の涙は翁に関係することと思っていた私は柊に話かけていた。
「柊、あなたの肩に里の未来がかかっているのね。背負うものが大きくてもし、気持ちが疲れたりした時は私に何でも話してね。何の役にも立てないけど話を聞くことだけはできるから。」
「雨乃様、ありがとうございます。」柊は笑顔で答えながら、
…茉莉花様の涙、翁の言葉、吾は何があっても現実から逃げてはいけない。吾の証しは雨乃様の笑顔しかないのだ。雨乃様にこの先どんな運命が待ち受けていようとも、吾の想いを受け入れてもらえなくとも翁のように自分の愛しいと思う女性を守ろう。
柊は葛城の山並みに誓った。

そして私達は高天の森を抜け葛城山の麓まできた。
ふと二上山を見るとどんよりくすんで見える。
「ねぇ、今日の二上山は人を拒絶しているように見えるわ。」
「はい。どうしたのでしょう?山が何かを我らに伝えようとしているやに見えます。」
「何だか怖い…」
「雨乃様は心配性ですな。大丈夫です。さぁ、くぅを呼んで参りましょう。皇后様が首を長くしてお待ちでしょうから一気に矢釣の麓まで行きます。雨乃様、くぅに振り落とされないようにお気をつけ下さい。」
「あー、柊ったら私を信頼していないでしょう。もうくぅと仲良しだから平気よ。」
『くぅ』
「くぅ〜、また突然なんだから〜!そんなに顔を舐めたらくすぐったいわ。くぅったら〜。」
「確かにくぅと雨乃様は仲良しですな。」
「でしょ。」
「さぁ、行きましょう」
私はくぅの背で旅の最後を楽しんだ。

矢釣の麓に戻ってくるとこの地に帰ってきた、感じがする。
到着すると志斐が輿で待っていた。
「雨乃様、おかえりなさいませ。柊、ご苦労でありました。ここからは私と輿で戻りますので柊は先にお戻り下さい。」
柊は一礼した。
「待って!」
私は一歩歩きかけた柊のところに走りより
「柊、本当にいろいろありがとう。あなたのおかげで楽しい時間を送ることができたわ。きっとこの旅のことは私がおばあちゃんになっても忘れないわ。」と、感謝の気持ちを込めて手を差し出した。
柊は一瞬とまどった表情を見せたあと握手をしてくれた。
「くぅもありがとう。また会えるのを楽しみにしているわ。」
『くぅ』
「くぅ、皇后様にくぅは元気だった、って報告しておくからね。」
私は楽しかった1週間に余韻を残しながら後ろ髪を引かれるような気持ちで輿に乗った。
輿に揺られながら志斐は
「翁はお元気でしたか?」と聞いた。
「はい。お元気でした。志斐のお兄様の長老、柏様からお土産を言付かっています。」
「それはありがとう。」と、微笑みながら、
「雨乃様が旅に出られて皇后様は『火が消えたようじゃ。』と、お寂しそうでした。今日は朝からソワソワしておられます。対外的には大名児様は母君様のお見舞いに石川のご実家に戻られたことになっておりますので。」
「はい。わかりました。」
里のこと、柏様のことを話している間に輿は宮に着き門の前で降りた。
「大名児様、お帰りなさいませ。」
迎えてくれたのは麻呂だった。
「皇后様が昨日からお待ちかねです。」
私は麻呂に笑顔で会釈して門を入った。
門に入る時に葛城の方を見た時、ふと茉莉花様の涙が脳裏をよぎった。
…私はここに戻って良かったのだろうか?
そんな思いがこみあげてきた。
「大名児様、如何なさいました?」
志斐の声で私は我に戻った。
「いえ、何でもありません。」
不吉な思いを振り切るように私は門に入り早足で歩いた。


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Posted by jasmintea♪ at 12:38│Comments(0)小説
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