2007年06月21日

誰かのために

鵜野讃良にございます。
旅から戻った雨乃はいきいきしていました。
葛城の空気が合い、いろいろな人との交流が糧となりそれが内から滲み出て眩しいくらいに輝いていました。
その日、スメラミコトの見舞いに訪れた大津を私室で待たせておいたので翁の伝言や報告を聞いたあと大津が待っていると伝えた時のとろけるような微笑み。
この笑顔を見ると朕も心が温まるのです。

雨乃が出ていったあと朕は柊を呼びました。
「柊、ご苦労さまでした。」
「吾こそ良い時間を頂きました。ありがとうございます。」
「大体の話は雨乃に聞きましたがそちにだけ翁が話したこともあるでしょう。その話を聞かせて下さい。」
「……」
「どうしました?」
「柊、今回の旅は朕はそちに悪いことをした、と思っているのです。」
「皇后様…」
「そちは雨乃を好きになるであろう、とわかっていながら朕は2人だけで旅に出したのです。何故かはわかりませぬが今回はそうしなくてはいけないような気がして。本当にそちには酷なことをしました。申し訳ない。」
「いえ、皇后様、そうではありません。吾は雨乃様を背負い帰ったあの時より我が背で震える雨乃様を愛しく思いました。」
「柊…」
「この旅で雨乃様の優しさと強さを知りました。素晴らしい女性とめぐり会えた奇跡に感謝致しております。」
「雨乃は本当に不思議な女子ですよね。目の前にしていると怒りや悲しさ、寂しさ、孤独が薄れていく気が致します。」
「はい。吾はこの旅に出てかなわぬ想いでも雨乃様を守っていく決心がつきました。」
「雨乃を守っていく決心がついた、とはどういうことでしょう?」
「皇后様、翁は雨乃様の占をされたのです。」
「翁が占を?」
「雨乃様が今、自分のいた場所に戻るのはイヤだ。皇后様や大津様のそばにいたいと申されたもので。」
「まぁ、あの娘は…。」
「翁も雨乃様がいつ戻ることになるのか気軽に見るおつもりだったのでしょう。それが占を見たあと翁の目は潤んでいました。雨乃様には吾と一緒になりここで暮らさないか?とか儂の妻にならんか?など戯れをおっしゃって誤魔化していましたが占がただ事でないことはすぐに気がつきました。」
「それで翁は何と?」
「……」
「柊!」
「詳細は言えぬがあの娘は遠くない未来に絶望し自ら命を絶とうとするだろうと。」
「それは!」
「その時がきたら迷わずみぞおちをたたき気を失わせろと。」
「雨乃が自ら命を絶とうとするとはどうしてじゃ。どういうことなのじゃ。」
「それは翁は何も教えて下さいませなんだ。が、、」
「柊、何でも構わぬ。続きを申せ。」
「恐れ入ります。雨乃様が絶望すると言えば皇后様か大津様の身に万一のことがあった時しかありませぬ。でも翁は皇后様には里の行く先を頼まれていますゆえ…」
「大津か!」
「御意。」
朕は一瞬にして奈落の底に落とされた。
翁の占は決して外れない。そのことはわかっている。
柊の今の見通しは正しいのであろう。
そうだとしたら大津、大津の身に何があるというのじゃ?
大津が死ぬ?
何故?
何故、大津が死ななくてはいけないのか?
何故?何故??何故???

…皇后様、
皇后様!

誰かが朕を呼んでいる…。
「皇后様、どうなさいました!志斐を呼びましょうか?」
柊は突然の朕の変化に慌てていた。
「いえ、雨乃を、雨乃を呼んで下さい。朕が気分が悪くなったので背をさすってほしいと。大丈夫です。柊、悟られないようにしますから。」
「承知しました。」
連絡を受けた雨乃はいきせききって駆け付け朕の前に跪きながら
「皇后様、どうなさいました!お顔が真っ青ではありませんか。」
と、言いながら額に手をあてた。
…何と心地よい手のぬくもりだろう。
「お熱はありませんね。」
と、言い我が母のように背をさすっている。
朕は母を早くに亡くし母のぬくもりは知らぬまま育ったが母がいればこうして背をさすってくれたのであろうか。朕より遥かに若い雨乃に母の優しさを感じるとは不思議なものじゃ。
「お休みになられた方が良いのではありませんか?」
「大丈夫じゃ。そなたがさすってくれたおかげでかなりよくなってきた。」
「皇后様、私が1週間留守にしていたのでお体が固くなっています。お時間が今ございましたら少しマッサージを致しましょうか?」
「体が柔らかくなるそなたの魔法じゃの。」
「魔法ではありません。看護学校で教えてもらっただけです。」
雨乃はニコニコ笑っている。
「あの魔法は確かに心地よいのぅ。でも今日はまだ柊と話があるゆえまたお願いします。もう部屋に戻りなさい。急に呼び出して悪かったの。」
「いいえ。またご用がありましたらお呼び下さい。」
「いえ、今日はもう大丈夫。ゆっくりなさい。」
雨乃は一礼して出ていった。

そうじゃ。翁は柊が大津と朕の親子関係を知らぬのだから朕にこのことを報告することを予測していたであろう。
そして自分が信頼している柊が導き出す考えもわかっていたはず。
朕が動揺することもすべて見越したうえであえて種を蒔いた…。
『讃良にならできる。やらなくてはいけない。』
そうだ、翁は大津も雨乃も讃良が守れ、占を覆せ、と言っているのじゃ。

「柊」
「はい。」
「ありがとう、よく話しにくいことを話してくれました。朕は外れたことがない翁の占を変えてみせます。」
柊は黙ってお辞儀をした。
「皇后様、続きをお話してもよろしいでしょうか?」
「お願いします。」
「今日こちらに着いて雨乃様と皇后様が話している間に難波から使いがきました。昨夜阿斗連薬の家に行心と道作が訪ねたそうです。」
「行心と道作、何を企んでいるのでしょうね。」
「大津様は帝王の相で臣下では天寿を全うできないなどと予言した僧とずっと大津様を守ってきた道作ですからただ難波で酒を汲み交すことはありませぬ。」
「柊、難波には西国からの税が倉に溢れておるの。」
「農産物ばかりではございませぬ。武器庫もございます。」
「武器を略奪しようとしているのか?」
「それにしては動きが緩慢なので他の狙いがあるのではないでしょうか?道作の美濃、行心の新羅から多数の人夫が出ております。」
「うーむ。」
「翁が伊吉博徳殿を我が方に引き入れ道作に全面的に協力をすると申し出ております。あやつらも博徳殿の知力は欲しいでしょう。まもなく博徳殿を信頼し情報が入るようになると思いますので謀も詳しく見えてくるかと。」
「唐に渡った博徳殿を使うとはさすが翁じゃ。わかりました。もう少し様子を見ましょう。しかし、柊、翁か゛次の長はそちにと申されたそうですがその理由がよくわかりました。さすがは林大臣殿のお血筋じゃ。」
「とんでもありません。吾は翁には遠く及びませぬ。ですが自分の全知全能を賭して雨乃様の笑顔を守ろうと決めましたのでこれからは吾が力をつけねば願いは叶わないものと心得ます。今までのように何気なく毎日を過ごしてはいられませぬ。」
「柊、そちを頼りとします。朕に力を貸して下され。」

孤独のなかで人生を送り、何のために生きるのかもわからなかった朕が大津や雨乃のために生きようとしている。
誰かのために生きることがこんなにも自分に力を与えるとは今まで知らなかった。
きっと柊も同じ想いなのだろう。
朕は大津と雨乃のために自分のすべてを賭ける、と誓っていた。


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Posted by jasmintea♪ at 12:39│Comments(0)小説
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