2007年06月22日

新年の祝賀

私は二度目の新年をこの地で迎えた。
葛城から帰ってからは大津様と会える時間が多く、安らぎに満ちていた。
一時のように殺那的に激流の中に身をまかせ、ぶつかり合い相手も自分も焼き尽くすような情熱ではなく、お互いを優しく包み込み穏やかなせせらぎの中で存在と愛を確かめあえた。
ただ私の前に大津様がいてくれる、それだけで迷いも憂いもなく幸せの中に佇んでいられた。
朝、庭で餌を啄むスズメを見ても愛おしく思うような年の瀬だった。


明けて686年正月2日、宮ではかねてより療養中だったスメラミコトも臨席され新年の祝賀が行われた。
人々は病気に打ち克ったスメラミコトを称賛し、『さすがにあの壬申年の戦に勝利した神であられる』と口々に言った。
スメラミコトが雄姿を見せた一方草壁様は命水により多少回復されていたが今日の祝賀は欠席だった。
午前の賀詞の奏上に続き、しばし休憩をされたあと宴となった。
スメラミコトは上機嫌で
「皆の者、我ら一同はこの国を強くし、他国の思い通りにさせない責任がある。責任を全うするにはそれに見合う能力を持っていなくてはならぬ。その能力があるかどうか朕は見極めたい。」
と突然言い無端事(あとなしこと)を尋ねられた。
諸王、諸皇子が答えられない中、きちんと解答できた伊勢王と高市皇子がスメラミコトの前に召し出された。
「伊勢王、これへ。よく答えられた。そちに褒美を与えよう。これからも励め。」
と、御衣と袴などを賜った。
「高市皇子、これへ。」
「そちは文武両道に秀で諸王諸皇子の中でも範たる皇子じゃ。そちにも褒美をとらせよう。秦摺の御衣、錦の袴、糸、綿、布…そして…」
そこでスメラミコトは大きく息を吸い一際大きな声で
「高市皇子のその勇気と功績を称え朕の後継として指名する。」と、言った。
「おーーーー」
どよめきがさざ波のように広がり驚きと興奮が場内を支配した。
「スメラミコト、吾を後継にですか?」
「そうじゃ。もし、高市の後継に異論がある者は今この場で申し出よ。」
一同を睥睨し異論がないのを確認してから高市皇子に
「誰も異は唱えないようじゃの。高市、心配はいらぬ。皇后が助けてくれるであろう。励むのじゃぞ。」と、言われた。
…公式の場でスメラミコトに異を唱えることは何人たりとも許されていない。
スメラミコトは誰もが何も言えない公式なこの場を使い既成事実を作ったことになる。
「ありがたき幸せ。高市、この身を賭してスメラミコトのご厚情にこたえられるよう努力いたします。」
「よくぞ申した!皆の者祝いじゃ、祝いの酒じゃ。」
こうして高市様の登極が決まった。

その夜…スメラミコトの私室ではスメラミコトと皇后様が相対していた。
「大海人様、何故何も朕に相談もなくこのようなことをなさったのです。」
「鵜野、聞くが相談をすればそなたは反対するであろう。そなたはいつもそうじゃ。朕のやることに反対ばかりする。良いか、草壁には帝位は無理じゃ。体が保たぬであろう。無理をして草壁の命を縮めるようなことがあってはならぬ。じゃが、だからと言って大津を帝位にたてれば草壁の身が立たないであろう。そうなると他の選択肢はないのじゃ。高市なら大津も草壁もうまくたててくれるであろう。朕は高市に託したのじゃ。」
「でもスメラミコト、それでは葛城の血も蘇我の血も絶えてしまいます。」
「何故じゃ?高市の正妃は御名部じゃ。蘇我の血も残るであろう。」
「大海人様、あなた様はもしかしてこのようなことを考えてあの相撲の折に高市に正妃として御名部を与えたのですか?あの時のやり方と今日のやり方はそっくり同じでございます。」
…そうじゃ、あの相撲の折も『人の上に立つものは心身両面で強くあらねばならない』と申され公式の席で力士田銀安槌と高市皇子に相撲をとらせ高市が勝った褒美として母上の妹である姪娘と父上との娘である御名部を強引に娶らせたのだ。
「昔のことはどうでも良い。遠智殿の血が必要ならば高市のあとは軽(草壁の息子)でも粟津(大津の息子)でも継げば良いではないか。」
「大海人様、それでは軽と粟津、長屋の間で争いが起きるやもしれませぬ。」
「そなたの杞憂じゃ。」
「そのような後の世代に禍根を残すようなことをわざわざされるとは大海人様らしくもない。それにあなた様が今、杞憂されたように翁は我が母遠智の血を引く者でなければ祖父の石川麻呂の系統の者でも助けてはくれないでしょう。翁の助けなくば壬申年の戦でご活躍された高市と言えども政をとるのは難しいと思います。藤原京の建設もあることですし。」
「そうじゃな。わかった、翁にはそなたから頼んでくれ。なぁに、そなたの言うことなら聞き入れてくれるであろう。」
「あなた様はそのような…。翁の力が必要なのであれば何故、朕に初めから一言相談して頂けないのです。こんなご無体な話はございません。」
「もう良い。いくら話したところで同じじゃ。もうそなたと話すことはない。朕は疲れたゆえ休むから退出してくれ。」
「わかりました。スメラミコト、朕は翁に何も申し上げることはございません。スメラミコトから直接お話下さい。お休みなさいませ。」

「比翼の鳥」と譬えられていたスメラミコトと皇后の間には修復できないくらいの亀裂が入っていた。


同じカテゴリー(小説)の記事
 終章…そして (2007-10-01 12:52)
 新たな… (2007-09-30 13:48)
 水底から (2007-09-29 20:39)
 追憶…無花果 (2007-09-28 20:47)
 最期の夜 (2007-09-22 10:53)
 血の絆 (2007-09-17 11:57)

Posted by jasmintea♪ at 12:51│Comments(0)小説
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。