2007年06月27日

魂胆

スメラミコトの突然の決意は波紋を呼んだ。
皇后様の意を受けた柊が内密に里に行き翁と話をしてきたようだ。
スメラミコトは高市様、草壁様、大津様、忍壁様をお召しになり、吉野の誓いを忘れずに兄弟が一致団結して政にあたるよう説かれ袴を賜った。
一方後継として指名された高市様は皇后様のところに挨拶にきて即位の折には皇后様にご協力を頂きたい旨、話をされた。
「吾は草壁様が政務を執られるようになるまでの繋ぎのつもりでおります。草壁様のご健康が安定された折には御位をお譲りするつもりでございますのでどうぞ、此花の翁様にもそのようにお伝え下さい。」と、丁寧に言った。
皇后様はニコニコ話を聞き軽やかに
「大変よくわかりました。翁にはどうぞそのようにそちらからお伝え下さいませ。」
と、とりつく島もなかった。
草壁様や大津様の内心はわからないが気落ちをしているようには見えずいつもと同じ感じを受けた。
が、本人より期待をかけていた周囲の人々の方が気落ちし戸惑っているように見えた。
行心も道作もそんな中の1人で慌てて博徳に相談をしてきた。

「博徳殿、今回の件は如何お考えでしょう?」
「うむ。由々しきことですな。大津様にとって草壁様なら芽もありましょうがご壮健で人望も実績もある高市様が相手では如何とも…。」
両名はため息をついた。
「高市様と草壁様の正妃は皇后様と同じ石川麻呂殿のお血筋、それと比べ大津様の正妃山辺様は罪人である近江左大臣(蘇我赤兄)の血筋じゃ…。高市様の次は草壁様でしょうな。何より草壁様のご健康が回復したら皇后様は高市様に譲位を求めるでしょう。そうなると大津様の出番はないかもしれませぬ。今が千載一遇の好機であったのにそれをスメラミコトに潰されるとは…。」
と、吐き捨てるように言った。
2人は顔を見合わせ
「シッ、博徳殿、お声が大きい。」と、囁いた。
「いいや、誰に聞かれても構わぬ。儂はスメラミコトの跡継ぎは大津様以外にはいないと思っておる。未だスメラミコトの政は具現化しておらぬものもある。文武百官を率いてそれを仕上げるのは大津様しかおらぬ。」
「博徳殿!」
「何とか大津様への道はないものだろうか。」道作は差し迫った顔で聞いた。
「あると言えばある。」
博徳はいとも簡単に答えた。
「な、何ですと?」
「簡単なことじゃ。じゃが話せば長くなるのでその前に酒を一献。儂は酒がないと気が乗ってこないのじゃ。とびきりの旨い酒が飲みたいよのぅ。」
「はい、そうしましたら越の国の酒は如何ですか?酒好きな博徳殿のために特別に取り寄せましてございます。」
「ほぅ、それは有難い。遠慮なく頂くとしよう。そうじゃ、それからせっかくだからの、注いでくれるのは女子が良い。さっき案内した待女で構わぬゆえ。」
「いや、、あの女子は、ちょっとわけありなのでのもっとお好みの美しい女を呼び寄せましょう。」
「いいや、儂は贅沢は言わぬ、酒を注いでくれたら良いのじゃ。そんな女子を呼んでいる時間がもったいないではないか。さぁ早う酒と侍女で話の続きをしよう。」
「わかりました…。では呼んで参りますのでしばしお待ち下され。」
と、道作は席をたった。道作が席をたつとすぐに行心も
「では肴を用意させましょう。」と立ち上がった。

…あやつらめ、今頃相談しておるな。どうするものか。

「どうする?」
「続きを聞きたいのは山々じゃが、あの女は皇后の手の者ぞ。」
「しかしこの好機を逸しては…。それに博徳殿の機嫌を損ねたら二度と我らに味方せんかもしれぬ。」
「次はないか?」
「案外短気そうじゃからの。」
「仕方がない。あの女の見張りを強めればそれで良かろう。万一の時の覚悟はできておる。」
「よし、そうと決まればそちは早く戻れ。臍を曲げられては困る。」

そして…

「おー、おー、美しい女子じゃ。どれどれ、ここにきて酌をしてくれ。」
「失礼いたします。」
「さぁて、酒も肴も揃ったところで本題に入ろうかのぅ。」
「よしなに。」
「まず儂より質問じゃがこの計画の成否には新羅の協力がいる。あの唐を駆逐し半島を統一した新羅も大津様擁立を希望しておると聞く。のぅ、行心殿、そなたは新羅王の内意も受けておるのか?」
いきなり核心を衝かれ行心はどう返事をしたものか戸惑っていた。
「それは…」と、口ごもるだけである。
「何じゃ?儂は難しいことは聞いておらんが。」
「新羅は大津様が即位されることを望んでおります。」
「それはわかっておる。いざという時には兵を出す算段はあるのか?と聞いておる。」
少しイライラした調子で博徳は言った。
「そうすると思いますが…」
「今一度聞こう。もう二度とは聞かぬ。この質問をはぐらかせば儂を同志と思うてくれるな。」
「はい。」
「もし、志を同じくする者が行動を起こしたら新羅は大津様を救援してくれるな?そしてそれは行心殿がもう新羅の了承を受けておるな?」
これ以上は誤魔化せないと、
「はい。新羅からは兵を出すことを承認されています。」と、観念したようにきっぱり言った。
「良し。それで安心したわい。ほれ、一緒に飲もうぞ。」
「ありがたきこと。」
「で、博徳殿はどうのようにして大津様にご即位頂くとお考えでございましょう?」
「道作殿、即位は誰が決めるとお思いか?」
「はぁ??」
「スメラミコトの意思であろう。」
何故そんなことを聞くのか?と問いたげに行心は答えた。
「ワッハッハ、そうじゃ、スメラミコトじゃ。簡単なことではないか。」
「もうひとつおっしゃることがわかりませぬが。」
「行心殿、そなたはスメラミコトの病が何か知っておるな?」
「はい。胃に腫れ物ができる病でございます。今は一度回復しておりますが遠くないうちに再び病はぶり返すでしょう。その時がスメラミコトのお最期かと。」
「その通りじゃ。次にお倒れになるのはいつ頃じゃろう?」
「2ヶ月後、くらいでしょうか?」
「スメラミコトがお倒れになり意識をなくす前にうまく大津様にスメラニコトをここ難波にお連れ頂くのじゃ。前もって新羅にも連絡し難波の港より兵を引き入れ武装する。ここには食糧も武器も欠かさん。交通の要衝でもある難波を押さえたうえでスメラミコトに大津様を後継にする詔を頂く。スメラミコトがお亡くなりになった後はご遺体はこちらにあるので大津様の名で殯も行えば良い。それで大津様は正統な後継ぎじゃ。ここ難波を大津様の都とすれば良い。」
そこまで一気に話し「酒」と杯を差し出した。
侍女は慌てて酒を注ぐ。
博徳はおいしそうに飲み干してもう一度杯を差し出した。
酒がなみなみと注がれていく様を見ながら
「そのためには宮としての体裁を整えなくてはならん。行心殿の見立てではあと2ヶ月と申したが1ヶ月のうちに準備を万端とした方が賢明であろう。」
と、言い再び杯に口をつけた。
「博徳殿、いやぁ、恐れ入りました。実は我らもここ難波を大津様の宮と心得、修築にあたっておりました。そしていざと言う時は新羅の手を借りる算段までついていました。が、スメラミコトが高市様を指名された以上それは叶わぬことと諦めかけておりました。良い教えをありがとうございまする。」
「いやいや、よくここまでこの宮を修築したものじゃ。」
「すべては大津様の御為にございます。」
「そうか、そうか」と言いながら博徳はソワソワしだした。
「もう話は仕舞いでええの。ところでのぅ、、、」
博徳は突然に侍女の手を握り撫でながら
「この侍女は今宵は儂が借りても良いか?」と、聞いた。
「おぅ、これは気づきませんで。そういうことでございましたら我らが薬に話をつけておきますゆえどうぞお気の召すままに。今、すぐ床の用意をさせましょう。」
「良い、良い、床などいらぬ。儂は女さえおれば良い。」
と、博徳は侍女を抱き上げた。
女はイヤそうに足をばたつかせたがそんなことは意に介さずそのまま奥の部屋に連れていった。
「おやめ下さい、私は慰み者の女ではありませぬ。」と侍女の声が聞こえていた。

「イイ年をして好きモノじゃ。」
行心は吐き捨てるように言った。
「良いではないか、どうせここまで話を聞かれたら百合は始末せねばならぬ。二度はあの女子を抱けぬのじゃ。好きにさせてやれ。」
「そうじゃの、仕方ないの。」
「しかし、皇后に連なる女を犯したとあっては露見すればあとで大変な騒ぎじゃの。」
「博徳殿はそうとは知らぬからの。フフ、我らに好都合…」と、言いかけたその時、『ドスン!』と大きな音が鳴り「待てぃーっ」と怒鳴り声が聞こえた。
「何じゃ??」
「博徳殿の声じゃぞ。」
2人は大急ぎで奥の部屋に向かい、戸をあけるとそこには口から血を流し、尻餅をついてだらしなく倒れ苦悶の表情を浮かべる博徳がいた。
「如何なされました!?」
「くそ、あの侍女に逃げられたわい、あの女、唇を吸おうとしたら儂の唇を思いっきり噛み急所を蹴りおった。」
「何ですと!!追え!捕らえろ!」
「ちょっと待ちや。」
「この唐に渡った儂が女に唇を切られ急所を蹴られ逃げられたとあっては物笑いの種じゃ。博徳の名に傷がつく。あんな侍女の1人や2人構わぬ。捨ておけ!」と、不愉快そうに怒鳴った。
行心と道作は何もできず苦虫を踏み潰したような顔でお互いを見、博徳の腰を叩いていた。


同じカテゴリー(小説)の記事
 終章…そして (2007-10-01 12:52)
 新たな… (2007-09-30 13:48)
 水底から (2007-09-29 20:39)
 追憶…無花果 (2007-09-28 20:47)
 最期の夜 (2007-09-22 10:53)
 血の絆 (2007-09-17 11:57)

Posted by jasmintea♪ at 20:19│Comments(0)小説
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。