2007年06月27日

難波宮焼失

瀬奈は無事に此花の里に戻った。
行心の使う新羅の手の者が朝になり八方行方を探したが宮に戻った形跡も、姿を見た者もなく彼らは慌てているようだった。
皇后様は中臣大嶋、中臣史、物部麻呂、柊を直ちに集め善後策を練った。
「柊、麻呂より報告は聞いたが博徳、瀬奈の話に違いはないか?」
「はい。博徳殿の手腕はお見事にございます。」
「ホホ、あとで切傷に効く膏を届けて下され。」
「かしこまりました。」
「さて、難波の宮をどうしたものか…。」
「皇后様、発言してもよろしいでしょうか?」
「史、言うてみよ。」
「謀の要素は取り除かねばなりませぬ。百合の行方がわからないことで行心が焦り新羅に使いを出し、兵を引き入れるやもしれませぬ。」
「柊、それは今は監視中じゃな。」
「はい。難波の港は押さえてあります。しかし野山を歩き小さな港に出ればわかりませぬ。それに行心と連絡がつかない状態になれば自動的に使者が出るやもしれませぬし、新羅の方が勝手に動き出す可能性もあります。」
「そうじゃな。」
「皇后様、とりあえず難波奪還のために兵をだしましょう。このままでは危険でございます。」
「言うことはわかるが朕が動かせる兵はない。国兵を動かすならスメラミコトに裁可を仰がねば…。」
「うーむ、今、我らが動かせる兵はどれくらいじゃ?」
「東漢氏なら我が長の声かけで50~60は集められますが見返りが必要でございます。」
「何じゃ?」
「いずれは皇后様か草壁様が即位し一族を引き立てる約定が必要でしょう。」
「それは高市の政権を覆せと言うことか?」
「そこまでは申しませんが時期をみて御位からお降り頂くのもひとつの手でしょう。」
「約定なくば東漢氏は協力しないか?」
「はい。」
「わかった。大嶋の手の者は如何ほど?」
「戦もできる手飼いの者は20前後です。」
「柊は?」
「伝令を引くと10から20にございます。」
「麻呂の手の者にはこの宮と嶋の宮の警護にあたってもらうゆえ、そうなると100集まるかどうかじゃな。柊、今の難波の兵力はどのくらいじゃ?」
「先ほど史様と話しておりましたが修築に関わる人夫の方がが多いゆえ美濃と新羅の半兵士は100ちょっとではないかと。」
その時、史が皇后様を真っ直ぐに見つめゆっくりと話を始めた。
「皇后様、ここは戦になることは得策ではないと存じます。内戦があったかのような印象を新羅に与えてはつけこまれます。それに東漢氏にあえて借りを作る必要もないかと。要は謀の元となる物を無くせば良いだけですので思い切って難波の宮に火をかけましょう。火をかけるだけなら大嶋殿、柊殿の手勢で十分にございます。」
「しかし、史、難波には西国からの貢が溢れておる。」
「その豊かな物資がなければ新羅とて難波に上陸し籠ることはできませぬ。駐留できる場所と当てとなる食糧がなければ土台無理な話。」
「史…」
「皇后様、何が今、一番大切かをお考え下さいませ。戦になると大津様のお名も出ざるをえません。今までの経過を伺っていると大津様はこの謀は何もご存知ないでしょう。」
…大津、そうじゃ、大津を守ることが第一義じゃ。
「そうすると行心と道作はどうなる?」
「大津様に何の咎もありませぬのに両名に手を出すことはできませぬ。」
「それに行心を拘束すると新羅が黙っていないじゃろうの。行心のことが今度は兵を出す口実になるやもしれぬ、、か。」
「それではあの者達がまた大津を担ぐかもしれませぬ!」
今まで何も発言せずに成り行きを見守っていた麻呂が口を開いた。
「皇后様、お気持ちはわかりますがここは史殿の申される通りにございます。難波の宮は薬の失火で焼けた、これで良いではありませぬか。薬1人に責任を負わせたとしても行心や道作には堪えるでしょう。こちらの力がわかり姑息な手は通用しないことも悟るでしょう。今は彼らと新羅に打撃を加えれば良いのです。スメラミコトにも失火で延焼した、の報告だけで済みます。」
「麻呂…、わかりました。」
「ご決断感謝致します。」と頭を下げてから
「さぁ、ことが決まれば急ぎましょう。大嶋殿と史殿は穴虫峠より、柊殿他此花の者は竜田道より難波に入って下さい。目立たないようにお願いします。申し訳ありませぬが武器庫はなるべく残して下さい。吾は物部の手の者で宮と嶋の宮の守りを固めます。皇后様、それでよろしいですね?」と、テキパキと指示し了解を求めた。
「はい。よろしくお願いいたします。連絡や報告は柊の手の者を使い一刻も早く朕に届けておくれ。」
「はっ。」
「大嶋、史、柊。みな必ず無事に戻るように。中臣と此花の手の者も誰一人傷つくことなく無事に戻るのじゃぞ。」
「はっ。」
「史、大嶋は白髪頭の年寄りじゃ。ケガなどせぬよう万全を期してくれ。」
「皇后様、またそのような。」
「大嶋、そちがいないと朕は困るのじゃ。悪態つく相手がいなくなるでのぅ。」
「はっ。ではいってまいります。」と、微笑を残し大嶋らは出て行った。

こうして複都制の詔が出てわずか3年で完成近くの難波宮は灰と化した。

686年1月14日酉の時、難波の大蔵省から失火して、宮室がことごとく焼けた。
「阿斗連薬の家の失火が延焼して宮室に及んだのだ」という人もあった。
ただ兵庫職(兵器庫)だけは焼けなかった。
                            
と、後の世の書物には記されている。


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Posted by jasmintea♪ at 23:04│Comments(0)小説
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