2007年07月12日

大権禅譲

「皇后様、あの火付けは失火として始末致しましたがどうも妙な口の端を流しておる者がおります。」
「大嶋、どんな口の端じゃ。」
「民のあいだではあれは忍壁様の失火だと。」
「忍壁の失火?それは火付けを企んだ連中が流しておるのか?」
「皇后様、発言してもよろしいでしょうか?」
「史、ここは正式な場ではない。発言はいつでも自由ぞ。自分の思うことをどんどん申してみよ。」
「ありがとうございます。あの火付けの目的は何だったのでしょう?」
「庸を灰にすることではないのか?」
「それも目的のひとつだったかもしれませぬが主目的は違うような気がいたします。短絡的かもしれませぬがやはり行心の手の者としか思えないのです。」
「そうじゃの。朕もそう思う。」
「まさか…。」
「柊?どうした?」
「いえ、もしかすると皇后様、難波宮を巡る謀を考えますれば狙いがスメラミコト、と言うことはございませんか?」
「柊殿、吾もそう思います。」と、史は同調した。
「そうか。受け皿である難波宮がなくなろうともスメラミコトを手中にしたら勅を出すことができる。」
「はい。」
「あの折たまたま雨が強く降って火は思ったほど勢いがつかなかった。もしもっと広まったら…。」
「そうでございます。火消しでてんやわんやの隙をついてスメラミコトを連れ出すつもりだったかもしれませぬ。」
「そうじゃ。そうすると辻褄があう。」
「そんな…あの夜、スメラミコトの部屋は雨乃と薬師しかおらなんだ…。やろうと思えばできる。しかし何と危険な…。スメラミコトについておる者の命が危ないではないか!何か打開策はないものか。」
と、皇后様は一同を見渡し聞いた。
「皇后様、、」
「史、何じゃ?」
「スメラミコトに、、大権をお譲り頂いたら如何でしょう?」
「大権を譲る、とはどういう意味じゃ?」
「はい。スメラミコトが持っている統治権をお譲り頂くと申しましょうか。スメラミコトの地位はそのままスメラミコトでスメラミコトが実施していた政策の裁可や、人事権、裁判権、軍事権など権限だけを禅譲して頂く形となります。」
「史、もう少しわかりやすく有体に話してみよ。」
「はい。万一、スメラミコトを違う場所に強奪し、スメラミコトが発したなどと勅を偽造する輩がなきよう大権をお譲り頂くのが肝要かと。」
「そうすればスメラミコトを基点とした謀などできなくなるということか。」
「御意。大権を譲り渡したあとのスメラミコトの勅は有効ではございません。」
「うーむ。そちの言うことはわかる。じゃがの、もうスメラミコトはすでにそのような勅を出せる状態にはない。意識はほとんどないのじゃ。」
「ですので皇后様…」
史は声を落とした。
「皇后様がスメラミコトからその旨をお聞きになったことにすれば良いのです。」
「何を申す!それでは偽の勅ではないか!」
「そうではありませぬ。スメラミコトが御意識がないことは高市様、皇后様と大名児様、瀬奈以外に存じておる者がありますか?」
「あとは薬師だけです。」
「ならば、スメラミコトから皇后様が聞かれたことに異を唱える者などおりませぬ。偽ではありませぬ。スメラミコトが申されたことにございます。」
「…」
「スメラミコトに意識はなくともスメラミコトの御体がありましたら勅などいくらでも作れるのです。スメラミコトが大権を持ったままであれば連れ去った者が義を持ってしまうのです。」
「史、、、わかりました。明日にでも高市に断り大権を禅譲して頂きましょう。」
「皇后様、もうひとつ重要なことがございます。」
「何ですか?」
「大権禅譲の勅は皇后様と皇太子様に譲る、として下さいませ。高市様に権限委譲をなさるのではなくあくまでも皇后様と高市様は平等、スメラミコトの代弁者は後継の高市様と共同統治者であった皇后様ということになさって下さい。2人のご意見が合わないものはその権利を行使しえないこと、と。」
もう史と皇后様のほかには誰も口を挟まずただ話の成り行きに聞き入っていた。
「史、それは何故?」
「はい。万一兵をあげねばならぬ状況が生じた場合今のままではスメラミコトのご承諾が必要、と言うことは高市様の権限となってしまいます。が、大権を高市様と皇后様にお譲り頂いた後なれば皇后様の裁可で兵が動員できます。先般の難波宮の件では兵を集めることはできませなんだが大権を皇后様が持っておればあとは高市様には事後承諾でも済みます。他の力はすべて此花の翁がお持ちです。ないのは軍事権のみ。」
「史、そちはすごいことを考えるのぅ。そうじゃ。確かにこのままでは朕は兵を動かす権力は持っておらぬ。」
「はい。高市様にしてみれば皇后様にも権限を委譲するのは納得が行かぬかもしれませんが翁との関係を考えれば拒否はできぬはず。もし、反対をなさるようなら先般の難波宮の件を持ち出せば良いのです。麻呂様、如何でしょう?無理があるでしょうか?」
「いいや。何もない。史殿の申すとおりにございます。」
「あいわかった、そちの申す通りにいたしましょう。史、明日の朝もう一度ここに寄って下さい。すまぬが朕は疲れておるので休みたい。今日はもう下がって良い。」
「はっ。」

…朕は史が出て行く後姿を見ながら考えていた。
さすがに父上を支えた内臣の子じゃ。
雨乃が伝えてくれた菊千代の翁の言葉、
『真夏の暑さを避けるには枯れた木ではなく青々とした木が良い』とは、もしかしたら史のことかもしれない。
いつかふと仰ぎ見た時は周りを威圧するように大きくなっているのかもしれぬ。
しかし史はできすぎる。大嶋とは違い毒にも薬にもなりそうじゃ。
それを朕が承知していなくては。

翌7月15日
『天下のことは大小となく、ことごとく皇后および皇太子に申せ。』とスメラミコトは勅を出された。


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Posted by jasmintea♪ at 12:45│Comments(0)小説
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