2007年07月18日

愛しき讃良へ

封印のしてある美しい紙を見つめながら皇后様はため息をついた。
「美しいものには不吉を感じます。悲しみや衝撃を包み込むためにわざと美しく装っているような。読むのが恐ろしい気もするのぅ。柊、そちが読んでおくれ。」
「かしこまりました。」
柊は封印を切り中身を取りだし静かに読み始めた。


讃良、儂は今新羅にいる。
万一のためにこの文を2通作成し儂は筑紫、銀杏は難波より帰る。
そなたが読むこの文は銀杏が持ち帰るものじゃが、そなたの手元に届くより儂の筑紫到着の方が早かろう。
儂は西国各地の様子を見極めながら帰るのでもう少し時間がかかる予定じゃ。
さて今回新羅に渡りいろいろ調べ考えたことを書き記す。
壬申年の戦の折りは唐と倭が手を携えることを懸念した新羅は唐との関係が深い近江側より大海人殿を支持し即位とともに親善使節を送ってきたりした。
新羅の願いはただひとつ。
唐に戦いを挑みながら半島より追い出し韓民族の統一国家を構築すること、そのためには倭と友好関係を保つ必要があったからじゃ。
しかし、新羅の悲願が達成された今、倭に対する見方も変わってきた。
それでも大海人殿がいれば目立った動きはできなかっただろう。
しかし倭の神が病に倒れた。これは新羅にとって千載一遇の倭を手中にする好機なのじゃ。
新羅はかつて倭が百済からの多くの人を受け入れたことを記憶している。
倭を新羅化することで唐の驚異を軽減するように方針を転換したのじゃ。
新羅は既に動員令をかけ水軍の編成を終えている。
初めは筑紫に本営を置く予定だったが明日香に一番近い難波から攻め入るつもりじゃ。
儂が見た船は1艘で20人くらいの兵を運べるであろう。その船が30艘港に並べておった。
新羅が今回の件で倭に投入する兵力は600ほどの計算じゃな。
間隙をついて600で難波に上陸すれば一気に雌雄を決することができる算段なのじゃろう。
新羅に比べ倭の準備はほとんどできておらん。
ほとんどできていない、ではなく何も手をつけてない、と言うべきであろう。
まずは急ぎ難波の港を固め簡単には上陸ができないようにせよ。
難波津が兵であふれ簡単には落とせないとなると必ず行心は本国へ使いを出す。
そうなると本国でも難波以外の上陸地点を探す他はなくなるが遠距離の行軍は兵糧を考えれば無理じゃ。
それに倭制圧に日数を有すれば唐が動き出す危険がある。
これでは無理、と、もし新羅が判断し兵の展開を諦めた場合、次の手は何じゃと思うか?
その前に、新羅が兵力で明日香を制圧したとして、彼らはどんな方法で倭を新羅化していくだろう?
たぶん多少時間はかかっても危険性が少ない方法を選ぶであろう。
そうじゃ。自分達で統治するより自分達の意のままになる倭の大王をたて協力者となる。そして兵を駐留させる。
要は徐々に倭に新羅人を増やしていけば良いのじゃ。
では、話を戻して兵力を展開できなかったら次の手をどう打つか?これはもう賢いそなたにはわかっておるであろう。
自分達の意のままになる大海人殿の後継者たる身を確保することじゃ。
その後継者を一旦新羅に連れ再び倭へ向かうなら筑紫から攻め入ってもその軍は倭制圧の軍ではない。壬申年の戦と構図は同じじゃからの。
そう、人望があり、より多くの者を味方にできる、が、まだ政治手腕は未知数、しかも唐に近くなく対新羅に対する基本的外交路線は大海人殿の考えを引き継ぐ大海人殿の皇子、となれば新羅の狙いは大津しかなかろう。
良いか、大津を明日香より外に出してはならぬ。
もう行心は大津の脱出計画を練っており本国に通達し、倭の近海を離れたら軍船が迎える手筈を整えておる。
訳語田を此花の手の者で見張らせ関を固めよ。
しかしのぅ、讃良。
そなたと身二つになった時にあんなに元気に泣いていた嬰児(みどりご)、儂もこの泣きっぷりならこの国を統べる身になるやもしれぬ、と期待をかけた嬰児にこんな運命が待っておるなどと誰も思いはしなかったのぅ。
嬰児が本来の名と違う名で呼ばれようとも儂はそなたの血を受け継ぐ者をいつも見守ってきた。
かの戦の折りに近江の宮を脱出し大海人殿の許へ道作と駆けつけようとした時に野盗に襲われはしまいか、近江方に見つかりはしまいかと心配でずっとあとを追ったのが昨日のようじゃ。
儂はここまで育てあげてくれた道作に感謝しておったのに、こんなことになってしまうとは口では言い表せないほど無念だ。
何故タカミムスビの神はこんな苛酷な運命をあの嬰児とその母に与え給ふのか。
こんなにも長く生きながら讃良の愛しい者を守ってやることもできない己に怒りを覚えたり、運命を呪いたくなったりもする。
でものぅ今、儂はそなたに言わねばならぬ。
互いにいくら辛くとも己の情に流されては道を誤る。
先人達が作り上げたこの国つ神がおられる美しい国を異国の支配下に置いてはならぬ。
儂はこの命ある限りそなたの苦しみを共にこの身に受ける覚悟じゃ。
じゃから儂と共に運命と戦ってくれ。
できうる限りのことをして愛しい者を守ろう。
今はそなたが凛として前を向いて生きることを心より願っておる。
我が愛しき讃良へ


吾は一気に読みあげ大きく深呼吸をした。
皇后様も吾も一言も発することができずに部屋は重たい静寂が支配していた。


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Posted by jasmintea♪ at 12:32│Comments(0)小説
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