2007年07月22日

天皇位と大王位

それから柊は声もたてずに静かに涙をこぼしていた皇后様の了解を得、大嶋を皇后様の御名で召し翁の文の難波に関わる部分までを詳細に説明した。
大嶋は新羅の戦闘態勢が整っていることに驚き、そのまま高市様を訪れ了解を得て早速軍の編成にとりかかった。
翌日の午後には難波津は兵であふれていた。

そして、難波津の兵を確認した道作。
…何故急に難波に兵が集結したのだ。
誰かが密かに進行している新羅の計画に気がついたのか。
しかし倭にいては新羅の動きはわからぬはずじゃが…。
これで難波津からの上陸をあきらめるということは、新羅の軍事力をアテにできない、、となればあとはどんな手があるのじゃろう?と、考え込んでいた。
大津様の才知と力量をもってすれば国はきっと治まる。
いや、そうではない。行心は「太子の骨法、 是れ人臣の相にあらず、 此れを以ちて久しく下位に在らば、 恐るらくは身を全くせざらむ」と予言したではないか。
何か方法があるはず。
道作はしばらく考え込んでいたがやがて顔をあげ従者を呼んだ。
「博徳殿に今宵伺いたいがご都合を聞いてきてくれ。」と声をかけた。

その夜の博徳殿の邸では…
「道作殿、何か火急のご用でも?」
「火急ではないのですがちょっと博徳殿の知力を拝借致したく参上いたしました。これは土佐の酒です。飲みながらやりませぬか?」
「おーー、土佐の酒は旨いと聞いておるぞ。ありがたく。」と言い杯の準備をさせた。
杯を合わせながら
「で、ご用件は?」と、旨そうに一口舐めるように味わったあと聞いた。
「はい。ちょっと伺いたいのじゃがスメラミコトが高市様を後継に指名されたのは天皇位ぞ?大王位ぞ?」
「???申し訳ない、道作殿、質問の意図がわかりませぬ。」
「すまぬ。まだ考えがまとまっていないのでうまく話せぬのじゃ。そうじゃの、、、」と、少し頭の中を整理するように、
「今のスメラミコトは新しい制度で新しい国を作り自ら天皇と名乗られておる。が、倭の王は連綿と続く祭祀を司った大王家じゃ。大王は政は直接は行わずに臣の具申を裁可し、臣に守られ、天の意を聞くために古来より伝わる祭祀を行ってきた。蘇我氏の娘を娶ることでその莫大な財の恩恵に浴し血を受け継いできた。近江の帝は蘇我の男系を滅ぼしながら娘達を次々娶った。そしてスメラミコトはその先の帝と蘇我の妃の間に生まれた娘を娶り、ご自身の皇子達にの蘇我の娘を娶わせ更なる財と血統の集約を行った。その中でも葛城の流れを汲む遠智様の流れは絶対で人々の尊崇を集めてきた。その大王位も高市様が継げるのか?政を行う天皇位を高市様が継がれることに異はない。が、高市様は葛城はもとより蘇我の血も引いてはおらぬが。」と、一気に喋った。
「それはそうじゃ。そちの言うとおり。」
「それでのぅ、その足りないものを埋めるために高市様と組むことはできないだろうか。スメラミコトの天皇位は高市様が継ぎ大王位に大津様を推挙して頂く。」
「しかしスメラミコト統治中から祭祀は皇后様が行われていたぞ。」
「じゃから皇后と草壁は宮の奥に祀りあげ小事の祭祀だけをすれば良い。大王位に指名された大津様の捉え方は日嗣皇子と同じじゃ。高市様の政も助け大事の祭祀を行う。後に何年かして高市様の後継として天皇位も大王位も統合した形で皇太子(ひつぎのみこ)に大津様をたてて頂ければ良い。高市様も皇后に遠慮しながら政を行うよりは楽であろう。悪い話ではないと思う。」
「うーむ。」
「今までの大王の即位の年齢を考えると大津様はまだまだお若い。じゃが藤原宮を建て、貨幣経済を流通させ、官人機構を整え倭を国家として確固たるものにしていくには高市様の右腕として大津様は絶対に必要じゃ。現にここ数年スメラミコトの政を具現化してきたのは高市様と大津様のお2人じゃ。今までとおり高市様の支えとして大津様を使って頂けば良いのじゃ。」
「つまり大津様の敵は高市様ではなく草壁様と認識されたということか?」
「そうじゃ。新羅の手を借り武力を使うより時間を待つ方が賢明じゃ。あと10年して大津様がちょうど即位に良い年齢になる頃は皇后は年をとるし、群臣は言わずと大津様の登極を望むであろう。高市様の次は大津様、そして大津様の次は長屋王で良い。どうせ皇后は高市様のあとは草壁、軽と自分の系統で独占するつもりであろう。我らは大津様を後継にしてさえ下されば最大限高市様を尊重するし皇后にたつ御名部様もお子様方も大切にする。どうであろう?高市様にとって皇后と組むより魅力的であろう?」
「うーむ。」
「博徳殿、さきほどより『うーむ』ばかりでは良いのかダメなのかわかりませぬぞ。」
「いいや、よくここまで考えられたと感心しておるのじゃ。確かに新羅の力を借りるより実現性も高い。」
「そうですか!」
「ただ行心がどう出るかじゃ。大津様に新羅の力で即位頂くことが行心や新羅の願いじゃからのぅ。」
「はい。それも考え申した。しかしそれは大津様が帝位についた暁には新羅を尊重する外交方針を約束すれば良いかと。」
「うーむ。」
「また戻ってしまいましたな。」
「いいや、道作殿がこんなに知恵者とは思ってもおりませなんだもので。これは失敬な言い方じゃが。儂などより頭が切れるわぃ。」
「またそのようなことを。吾はただいつも大津様が吾に教えて下さったことをひとつずつ思い出していったのです。藤原京建設も貨幣経済の流通も新羅との外交方針も、大津様は難しいことをこのような吾にわかりやすく真剣にお話下さるのです。やはり大津様は類稀な御方にございます。」
「主を思う一心じゃの。いやいや、道作殿の言いたきことはよくわかった。あとはどうやって計画を組み立てていくかじゃの。まずは高市様にどうやってご同意頂くかが重要じゃ。誰が話をするのか。」
「はい。それは博徳殿の知力を拝借し一番有効な方法をとりたいと思うております。壬申年の戦を一緒に乗り切った御仁で大津様にお味方下さる方が適役かと。いや、大津様ご自身が高市様を説得されるのが一番やもしれませぬ。」
「うーむ。一度にたくさんは考えられん。申し訳ないが道作殿、今宵はこのくらいにして本格的に酒を飲まんか?」
「はい。ここまで吾の考えが大きくは違っていないことに安堵しました。いや、滅多に使わぬ頭を使いましたので少々疲れました。博徳殿、明日もこの件でお訪ねしてよろしいか?」
「もちろんです。明日夜にはもっと突っ込んで打ち合わせましょうぞ。それまでどなたが適役か考えておきましょう。」

それから博徳は道作にたくさんの酒を勧めた。
酔った道作を家の者に送らせたあと此花の翁より連絡役として置かれている家の者を呼んだ。
「こんな時間にすまぬが柊殿に火急の用件でお目にかかりたい、と伝えてくれ。できれば柊殿がこちらにお越し頂く方が後を尾られる心配もなかろう。必ず今宵のうちに、と伝えてくれ。」
「かしこまりました。」
「おい、誰かおらぬか、儂に水をくれぬか。」と声をかけた。


同じカテゴリー(小説)の記事
 終章…そして (2007-10-01 12:52)
 新たな… (2007-09-30 13:48)
 水底から (2007-09-29 20:39)
 追憶…無花果 (2007-09-28 20:47)
 最期の夜 (2007-09-22 10:53)
 血の絆 (2007-09-17 11:57)

Posted by jasmintea♪ at 16:06│Comments(0)小説
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。