2007年08月12日

朱い鳥

その日は誰もがくることを予測していたものの、やはり突然の出来事だった。
9月9日、私は皇后様と夕食を頂いていた。
皇后様のお疲れを感じたあの日から私はなるべく皇后様の部屋で夕食を頂くこととなった。
最近は食が進まずこの日も目の前に並ぶ食べ物を見ていた。
そんな私を見て皇后様が口を開こうとした瞬間に誰の案内も乞わず草壁様が突然入っていらした。
「母上、父上がうのを呼んで参れと仰せです。雨乃も一緒に参れ。」と、有無を言わさず皇后様の手を握り歩き始めた。
私と皇后様は顔を見合わせた。
皇后様は草壁様の迫力に押され、
「草壁、わかりましたから手をお離し下さい。」と、言葉遣いが公式な場でもないのに丁寧だった。
草壁様は手を離し、
「では吾は先に参りますゆえすぐにいらして下さい。」と言い出ていった。
「雨乃、草壁はまたタカミムスビ神の声を聞いている…。」
「はい。皇后様、早く参りましょう。もしかするとスメラミコトが最期をお迎えで草壁様に呼び掛けたのかもしれません。」
私達は急ぎスメラミコトの部屋に向かった。
部屋の前には大嶋がいた。
「草壁は?」
「草壁様ですか?」
大嶋は何を訊かれたのかわからずキョトンとしている。
「先に草壁がここにきたはずじゃが…」
「おみえになっておりませんが。」
皇后様は大嶋の返事を最後まで聞かず部屋に入った。
スメラミコトの枕元には草壁様が座っていた。
大嶋は狐につままれたような顔をしている。
皇后様は草壁様の隣に行きスメラミコトを覗き込んだ。
「父上、母上が見えましたよ、よくお待ち下さいました。父上、母上ですぞ。」
草壁様はスメラミコトの手を握り話しかけた。
「うの…」
「大海人様!」
「済まぬ、吾はずっとそなたは菊千代の翁だけを頼りとし、吾のことは頼りとしていないと臍を曲げておった。」
…スメラミコトは朕の翁への想いを見抜いておられたのか。
「そなたに冷たくし続けた吾をよく看てくれたのぅ、最期にそなたと話がしたい、と願ったら草壁が呼んでくれたのじゃ。」
「大海人様。」
「うの、高市は壬申年の戦で吾の手足となりよう働いてくれた。その功に報いたいのじゃ、じゃが高市の次はそなたの好きなように致せば良い、あとはすべてそなたに託す。うっ…」
「大海人様!もうお話はしなくてもお気持ちはわかりました。無理をなさらないで。」
その時草壁様の体が紫色に光を発しその光はスメラミコトの中に流れていった。
「うの、朱い鳥の翼の歌を歌ってくれ。」
皇后様は一瞬の驚きのあと私を振り返り「雨乃、この前の歌を!」と促す。
『今、私の願いごとが叶うならば翼がほしい。子供のころ夢みたこと今も同じ夢にみている~』
「良き歌じゃ。うの、吾にも翼がほしいのぅ。」と、一息ついたあと最後の力を振り絞るように
「うの、あまたつらい思いをさせたことを詫びる。あとは大津を頼む。大津を、うの、大津を、、うの、、大津を、、」
スメラミコトの力が抜けた。
私はスメラミコトの枕元に駆け寄る。
脈は…止まっている、、、
呼吸は…止まっている、、
心臓も触れてみるが動いていなかった。
「皇后様!朱い鳥が!!」
その時スメラミコトの体から朱い鳥が翼を広げ飛び立ったように見えた。
「大海人様!!!!!!!!」

朱鳥元年、9月9日、朱い鳥は翼をはためかせ天へと飛んだ。


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Posted by jasmintea♪ at 21:16│Comments(0)小説
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