2007年08月18日

645年、乙巳の変から始まった日本の変革時期に壬申の乱を経て力により政権を奪取し強烈なリーダーシップを元に国家の礎を作った偉大なるスメラミコトが亡くなった。
発病してから時間があったので予想されたこととは言え、人々は次にどのような事態が起こるのか不安に脅えていた。
壬申年、白村江の戦の二の舞が起きないように、と、誰もが祈っている。
スメラミコトの御体は宮の南庭の殯宮に置かれ、2年3ヶ月に渡り鎮魂の儀式である殯が続く。
皇后様は悲しみに浸る暇もなく万一の事態を考慮に入れ、高市様と協議し高市様の即位の式は見送り皇后様が亡きスメラミコトの代弁者として有事の対応にあたることを決め、補佐として実際の政務は高市様が執ることとした。
これは高市様側から提案されたことで、大津様をめぐる新羅との外交関係など鑑み最後の決断を皇后様に委ねた形であったが、見方を変えれば高市様後継で決まっていたものを皇后様が横から我が子かわいさに奪い取った、とも見え、そう噂する者も多かった。
私はすべて自分で背負い込もうとする皇后様が心配でもあり、何よりもこの先大津様がどうなるのか心は揺れていた。
大津様はあれからどうしているのだろう?
あの折に話していたように美濃へ向かうのか?
新羅の動きは今、どうなっているのか?
愛しい人の身を心配して眠れぬ夜を過ごしていた。


「皇后様、訳語田に人が集まっています。」

スメラミコトの殯が始まって間もないある日、柊が飛込んできた。
皇后様はひとつため息をつき、小さく深呼吸をして反問する。
「誰が集まっておるのじゃ?」
「忍壁皇子様、磯城皇子様、川島皇子様、行心、中臣意美麻呂、博徳、臣勢…」
「馬鹿な!」
最後まで聞き終わらないうちに皇后様は席を立ち叫んでいた。
「先日高市が5人以上の集まりは届け出ること、殯は諸皇子、諸王、氏族の長は必ず出席のこと、殯宮では帯剣を禁じ、違反した者は反意ありと見て罰することを通達したばかりではないか。届け出はあるのか?」
「申し訳ありません。表向きのことはわかりません。」
「そうじゃの。それは史に調べさせる。朕が確認するゆえそちは次の連絡を待つように。」
「はっ、それともうひとつ。」
「何じゃ?」
柊は声を一段、落とし言ってはいけばいことを話すように小さな声で囁いた。
「新羅の小さな舟が動き出しました。」
皇后様は息を呑んだ。
「瀬戸内海を通るようですが目的地はわかりません。翁は盗人を装い襲撃するか、このまま様子を見るか皇后様のご判断を求めています。」
「襲撃したら新羅に口実を与えまいか?」
「新羅の舟とは見た目ではわかりませんし、盗人に襲われたのなら詮無きことのように思いますが翁もその心配をしており、大津様の御身の心配どちらをとるのか迷われています。」
皇后様は遠くを見つめ考えている。
…大海人様ならどうされるだろうか。
最後の責任がある立場とはこんなにも神経をすり減らし大変なことなのじゃ。
お疲れになっていたはず…、と朕はまた朱い鳥が翼を広げ飛んでいったときのことを思い出していた。
「もし、ここで襲撃すれば新羅の動きを加速するであろう。もう少し様子を見よう。」
「はっ。」
「しかし、訳語田に人が集まっていることと無関係とは思えん。よぅく見張りを続けてくれ。」
…大津が美濃へ向かうと言ってた日が近いのだろうか?
人が集まることも、殯に出席しないことも罰を科すと言っておるのに。
このままでは罪人になってしまう。どうしたら…
そうじゃ!
「柊、近う、もっと近う」
皇后様は柊を手招きし顔を近づけ何事か指示を与え、柊は一言一言にうなづいている。
「わかったの?」
「確かに。」
「よしなに。」
柊はそのまま皇后様の部屋を退出した。


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Posted by jasmintea♪ at 22:08│Comments(0)小説
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