2007年08月29日

兆し

その場にいた博徳より柊を通し決起の状況は皇后様に伝えられた。
「どうやら川島は新羅の意を受け行心と繋がっておるようじゃの。」
「御意。」
「自らは安全な場所に身を置き大津を担ごうとするとは、何たることか!」
皇后様の声は怒りで語尾が震えている。
「どうせ大津様の次は川島様に、とか持ち上げられたのであろう。」
と、吐き捨てるように言ったその時、
「恐れ入ります、皇后様。瀬奈が柊に急用があると申しております。」
と、志斐が声をかけた。
「通せ。」
不愉快な声音を残しながら命じる。
「皇后様、お話中に申し訳ございません。」
「挨拶は良い、先に柊への用件を述べよ。」
瀬奈は一礼して柊に向き直り
「先ほど訳語田を見張っている者から連絡がきまして大津様が外へお出になり『大名児のところにいる柊殿に話があるのじゃが。』と、つぶやくように申されました。」
意外な展開に皇后様は腰を浮かしながら柊に尋ねる。
「何じゃと?柊、大津と面識はあるのかえ?」
「はい。此花の里から帰ったあとに雨乃様に紹介されました。もし、自分や皇后様に直接連絡をとりにくくなった時は夜中にそっと外へ出て柊の名を呼ぶときてくれる、柊は私や皇后様にちゃんと用件を伝えてくれるから、と申されまして。」
「その時の話を大津が覚えておったのか…。」
「そうだと思います。」
「柊、済まぬ。今より急ぎ行き大津の話を聞いてきてくれぬか。」
…吾は皇后様のお気持ちが痛いほどわかった。
頼まずともご命令下されば良いのに遠慮なさっている。
「急ぎ行ってまいります、では失礼を。」
柊はすぐに訳語田へ向かった。

一陣の風を残し柊が立ち去った部屋の中では瀬奈がまだ佇んでいた。
「あの、皇后様、ちょっとよろしいでしょうか?」
「まだ何か?」
「はい。はっきりとわからないのですが…」
瀬奈は言い淀んでいる。いつも簡潔にわかりやすく報告をするのに珍しい。
よほど言いにくいことなのかと気になり朕は気にせず何でも言うように話しかけた。
瀬奈は思い切るようにひとつ深呼吸をしたあと
「雨乃様は月のものが遅れています。あまり遅れる性質ではありません。それに最近は食が進まないようです…。」
と、一気に言った。
「ちょ、ちょっと待ちなさい、瀬奈。雨乃は、雨乃は、子を身籠ったと言うのですか?」
「いえ、ですからはっきりとはまだ。何となくそうなのかな?と感じただけでございます。」
もはや瀬奈の語尾の方は聞いていなかった。
雨乃が子を!久しぶりに心浮きたつ思いがした。
抑えようとしても笑みが自然とこぼれてしまう。タカミムスビ神は朕の願いを聞いてくれたのじゃ。
「皇后様、私がはっきりしないことを思い切って申し上げたのは雨乃様の身が心配だからなのです。」
朕は天にも昇る心地だったのがいきなり冷や水を浴びせられ、瀬奈の顔を見つめ次の言葉を待った。
「最近の雨乃様は大津様のことで心労が重なり不安定になっております。お子が流れはしないかと私は気がきでなくて…。」
「雨乃は身ごもっていると気がついておるのか?」
「いいえ。たぶん今は大津様のことでお心はいっぱいかと。」
朕は考え込んでいた。
こういう時の女の勘は当たるものじゃ。瀬奈の言う通り雨乃は子を身ごもっているのだろう。じゃがまだ薬師に見せるには早い。
そうじゃ、確かに喜んではいられない、雨乃に、子にもしものことがないように細心の注意を払わなくては。
「瀬奈、思いきって知らせてくれたことを感謝する。そちの言うとおり取り返しのつかないことになって悔いても遅い。雨乃に大津のことを話す時は朕に相談をしておくれ。そして雨乃に変化があるようならそれも教えておくれ。」
「かしこまりました。それでは失礼いたします。」
「ご苦労であった。」
「ふぅ、男子は政争に巻き込まれるゆえ朕は雨乃に似たかわいい女子が欲しい。」と小さくつぶやいた朕の声を聞こえないフリをして瀬奈は退出した。


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Posted by jasmintea♪ at 22:18│Comments(0)小説
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