2007年09月01日

小競り合い

朕がまだ早いと自分の心に言い聞かせつつ喜びをかみ締めていた頃柊は大津と会っていた。
「大津様、柊にございます。」
柊は暗闇に向かい名乗った。
星ひとつなく漆黒の闇が空間いっぱいに広がっている。
「ようきて下された。」
柊は相手には見えない闇の中で声の方向に頭を下げた。
「今日の訳語田での出来事は伝わっておるか?」
「はい。」
「ならば話が早い。吾は明朝早くに訳語田を出て山の奥深くに入り自害するつもりじゃ。」
「自害ですと?」
柊は息を飲む。
「吾の気持ちは以前大名児に話したとおり変わりはない。それでそちに頼みたいことがあるのじゃが吾の命と引き換えに他の者の処罰を見送って頂けるよう皇后様にとりなして頂けぬか?」
と、丁重に訊ねた。
柊は闇の中の人物を説得するように、
「大津様、何故生きようとなさいませんか?あんなに一途に大津様を想っておる大名児様を置いて死を選ぶなどと。名を棄て生きることをお考え頂けませぬか?」と迫る。
「いいや、名を棄てても新羅はあきらめぬであろう。吾は皇后様の敵となりたくはない。それに新羅の目を逃れたとしても吾だけが助かり道作や行心が罰を受けるのは是非もない。」
「そのようにご自分を追い立てられて…。大名児様は大津様がいなくなれば自ら命を絶とうとされるやもしれませぬ。それに謀反でのご自害となればお子にも罪が及ぶでしょう。それでも構わぬとおっしゃるのですか?」
大津様は下を向きちょっと思案して顔をあげた。
「柊殿、そう吾の心を揺さぶることを言うてくれるな。吾は悪い父親じゃな。我が子のことより大名児のことばかりを心配しておる。柊殿、頼む。そちのその暖かで一途な想いで大名児の心を癒して下され。」
…大津様は先般の短いあいさつ程度の話の中で吾の秘めた思いを見抜いたのか。
「大名児に生きて叔母上に孝養を尽して欲しいと伝えて下され。来年の山田寺の法要は吾の代わりに叔母上に付き添ってくれと。では、皇后様によしなに。」
大津様は自分の伝えたいことを言い終えると暗闇の中に溶けていった。

柊は急ぎ戻り帰りを待ち兼ねていた皇后様に報告をした。
皇后様は大きくため息をつき
「ここまで切迫してしまえば仕方がない。大津の身の確保を一に考えましょう。」と言った。
「承知しました。」
「先般の打合せとおりよろしくお願いします。すべての責任は朕が持ちます。」
柊の背を見送りながら朕は不安な思いに揺れていた。
大津の身柄は確保できるのだろうか?命の危険はないのか?
万一戦闘状態になってしまったら新羅はどう出るだろうか?
明日に大津と雨乃と小さな命の命運がかかっておる…。
朕は自分では何も出来ないことに歯がゆさを感じながら明日が無事に過ぎることをタカミムスビの神に祈っていた。

次の日、大津様は早朝に訳語田を出た。
柊は此花の手の者4人で大津様に気がつかれないよう遠めにあとを追っていたが、いつのまにか新羅の闇の者に囲まれていた。
「柊、相手は10人ほどだ。」
「よし、3つ数えたのち吾は木の上に跳ぶ。吾のあとを追い跳んだ者を下から辰巳が狙え。吾はそのまま大津様の警護をするからあとは猪木と力にまかせるぞ。行くぞ。1、2、3!」
柊が木の上にハラっと跳んだのを見てあとを追い新羅の闇の者も跳ぼうとする。
跳ぶ瞬間の足を狙い辰巳が小刀を投げる。
弓矢、小刀、手裏剣を投げれば百発百中の辰巳が次々と命中させ相手の動きが止まった隙を狙い筋肉質で体が大きいが動きが敏捷な猪木と力が的確にパンチを繰り出し相手を失神させていく。
不利な戦況を見て相手の1人が何やら叫んだ。
「よし、あいつが頭だ!辰巳、ヤツを狙え!」
猪木が指示を出し辰巳の小刀が声を発した人物に狙いを定めたその時、相手方の中の1人が大津様に向かい走り出した。
…何をする気だ?
柊は?と猪木が位置を確認しようとした瞬間男は胸の中から小刀を取り出しはずみをつけ大津様をめがけて投げた。
シュッ!
危ない!何故新羅の者が大津様に小刀を投げるのだ!
吾は瞼の中に雨乃様の涙に濡れた目が浮かんだ。
…雨乃様!
吾は懸命に大津様の体を隠し自分の体が盾になるように飛び込む。
ズン!
刀は僅かの差で柊の肩口に命中した。
柊!と猪木の叫ぶ声、何ごとか次の指示を出す新羅の頭、戦況が変わると見て喜んだ新羅の闇の者達の声、
いつも閑静な森の中は異様な雰囲気に包まれた。
その時、
『目を閉じろ』
と、声が聞こえた。
いや、正しくは声はしていない。心の中で声が聞こえたのだ。
翁だ!翁の声だ!翁が助けにきてくれた!
柊達4人は翁の指示通りに目を閉じた。
その瞬間にまばゆいばかりの閃光がきらめく。
チカッ!
「よし、今だ!」
光のために一時視力を失った新羅の闇の者は猪木と力のパンチを受けうめき声を発し倒れこみ、もう一度小刀を投げようとしていた男には辰巳の刀が命中していた。
「よし、相手が動けぬ間に急ぎこの場を離れる。力、大津様を背負え。儂についてまいれ。」
吾らは翁のあとに続き疾風のように森の中を駆け抜けていった。


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Posted by jasmintea♪ at 11:24│Comments(0)小説
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