2007年10月01日

終章…そして

数ヵ月後私は大津様の子である女の子を産んだ。
大津様がこの世にいたらきっとこの娘の誕生を喜んだろう。
でも、あの人はいない。
私は1人で二上山の大津様のお墓に娘の誕生を伝えにきた。
もうこの世界に来て3年。私が愛した人はここに眠っている。
大津様は安らかに眠っているのだろうか?
私は自分が傍にいることで娘の将来の差しさわりになることを恐れ草壁様と阿閉様に娘を預け嶋の宮を後にしたが、大名児は死んだことになっているのでもう皇后様とは暮らせず、翁は以前として行方がわからないので此花の里で暮らすこともできず自分のいるべき場所を見つけることができなかった。
こんな広い世界にたった1人、、現代に帰りたい…。
帰って看護士として勉強し一からやり直したい。
でも帰る方法がわからない。
このままではただ生きているだけではないか…。
もしかしたら死んだらお母さんやお父さんの元に戻られるのだろうか?
「娘よ。」
声の方向を振り返るとそこには長く真っ白な髪を結いもせず下げたままの老婆が木の幹に物憂げに腰かけていた。
何故か人を圧倒する威圧感がある。
「私でしょうか?」
「おまえ、帰りたいと願ってもそれは無理じゃ。おまえはまだこれから新たな幸せを得、新たな哀しみも得る。おまえが嘆き悲しみ、心からこの時代に絶望したら願いは叶う。」
新たな幸せに新たな哀しみ、そして心からの絶望。
「それはどういう意味?おばあさん?あら?おばあさん?おばあさん!」
おばあさんは森の方へと歩いていく。
私は急いであとを追い森の中に入っていった。年をとっているのに何て早足なのだろう。
おばあさん、待って!

…そこで止まれ、そのまま目を閉じよ。

気迫に押され言うとおりに目を閉じると私は大きな屋敷の中を覘いていた。
こんな大きな屋敷は見たこともない。
どなたの屋敷だろう?浄御原ではないような気がする。
あれは鶴を飼っているの?牛も犬もいる。
あの唐風の絨毯は大嶋が新羅の饗応の時に持ち帰ったものと似ている。
絨毯が敷いてある間に数人の男達が1人の男と押し問答をしていた。
その1人の男は高市様に似ている。
若い時の高市様?でもちょっと違うような気もする。
彼の目には恐怖が宿り身体は硬直しているようだ。
そして肩をガックリと落とし苦しげに、言う。
「わかり申した。しかし妻には何も罪はない。妻子に累が及ぶことのなきよう約束願いたい。」
「承知した。王が罪をお認めになるなら妻子に咎がないこと、帝も太上天皇もご異存はあるまい。」
どういうことなのだ?あの王と呼ばれる男は妻子を救うために死のうとしているのか?あれは誰?おばあさん、教えて!

…しっかりと見よ。目を開けるな!

おばあさんに事情を聞こうとした私はその一喝に反射的に再び目を閉じた。
「王においては罪を認め先ほど自ら命を絶たれました。」
今度は女性と子供が数人の男たちに囲まれている。
その女性は自分の子供を男達に渡すまいと固く抱きしめて震えている。
あれは……
女性の顔が認められたとたん私の背筋に電流が走った。
同時に男が無機質な声で言う。
「あなた様とあなた様が生んだお子はいずれ我らの邪魔になるでしょう。申し訳ありませぬが死んで頂く以外の道はございません。」
女性は我が子を背に回し手を触れさせぬようにし男を睨みつける。
「その方ら、王を騙し罪を認めさせたな!」
「我らにとり王など怖くもない。我らの道に塞がっているのはあなた様とその血を受け継ぐお子たち。」
「臣下の分際でこのような悪逆非道が許されようか。私も、王も、子も、そしてあの世におられる母上も父上もお祖母様もその方らを決して許さぬぞ。」
女性の迫力に一瞬その男はたじろぎ兵も自分達の手で貴人を手にかけることを躊躇った。
「内親王、刀をお渡ししますので自刃下され。」
「断る。私は自分では死なない。先の帝の娘であり太上天皇の妹であるこの身と皇孫の我が息子たちを殺める罪は重い。その方らを地の底から呪ってやる。そして神罰仏罰で苦しんで死に、死してなお地獄を彷徨うが良い。さあ、殺せ!!!」
兵らは後ずさりし引いていた。
男は一瞬の逡巡のあと自嘲的な笑みを浮かべ自ら刀を抜いた。
「呪いや神罰が怖くてこの手でこの世を掴むことなどできるものか!父上、兄弟よ、吾に力と勇気を!」
男が刀を振り上げた瞬間私は『吉備!!!!!!!!』と、叫んでいた。

「…のさま!うのさま!雨乃様!」
「柊?」
「急にいらっしゃらなくなったので探しました。」
柊は不安そうな顔をしている。
「私、どうしたの?」
「森の中で倒れていました。」
「森の中で??」
記憶を手繰り思い出そうとすると頭がズキズキ痛くなって思い出せない。
ひどくリアルな怖い夢を見ていたがあれは何だったのか?ダメだ、やはりわからない。
「大津様のお墓参りにきて、それで…」
また頭の痛さに顔をしかめた私に柊は優しく言う。
「思い出さなくても大丈夫にございます。何もご心配なさることはありません。」
「未来は変えられる?」
私はつぶやいた。柊は唐突な質問の意味がわからず戸惑っている。
そう、私は未来を変えなくてはならない。
何かを娘に伝えなくてはいけない。
そのために私はこの時代にきたのだ。
始めは帰る方法がわからないから仕方なく残った。でも今度は違う。
今は思い出せずとも強く生きてやらねばならないことがあるのだ。
生きて、生きなくては。
私の心から迷いは消えていた。

私達の未来を暗示するかのように明日香は茜色に燃えるように染まっていた。


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Posted by jasmintea♪ at 12:52│Comments(6)小説
この記事へのコメント
どうもご苦労様でした。
未来に帰らなかったのですね。まぁ、ずっとその部分にはあまり触れていなかったから・・・ラストからみたら、少し触れても良かったですね。
とりあえず書き上げたこと、おめでとうございます。
Posted by 菊千代 at 2007年10月01日 18:08
菊千代さん、最後まで読んで下さってありがとうございました。
ちゃっかり続編を書きやすい形で終わらせたのでいろいろ迷いましたがこの終わり方にしました。
また明日、「終わりに」で反省の弁と、皆様への質問など書いていますので良かったらアドバイス下さい。
Posted by 雨乃 at 2007年10月01日 21:26
完結おめでとうございます&お疲れ様でした。
現代からきた女性が歴史上の重要人物と関わるという
その設定がよく生きていたと思います。

実は私は持統天皇が我が子可愛さに甥を死に追いやったという俗説に違和感というか反感を持っています。
そういった点では、「明日香幻想」は俗説に対して違う見方をしている上に説得力のある書き方もしているので、私はひじょうに好感がを持っています。
また、持統天皇の内面の苦しみや王者の孤独、母と名乗れぬ辛さという部分が良く書き込まれていて「ここまで書けてうらやましい」と思えます。
(私も今後頼朝の鎌倉殿としての孤独や苦しみも書きたいと思っているのですがあまり自信がないもので・・・)

もし、機会がありましたら続編を是非!
Posted by さがみ at 2007年10月04日 05:44
さがみさん、こんばんは!コメントありがとうございます。
何だか設定も最初に思い描いていたのと変わってしまったし、「もどき」でも小説を書くのは難しいなぁ、と思いました。

最初は単純に世の持統天皇評価があまりにも画一的でそれにチャレンジするつもりで書き始めました。
さがみさんに過分なお言葉を頂きとっても嬉しいです♪
まだまだ最初の構想からはちょうど折り返しなのでボチボチ続編も書きながらこの明日香幻想も納得の行く形に仕上げたいです。

持統天皇と頼朝って立場が似ているかもしれないですね。
王者の孤独と言う点では共通項がありますものね。
書きながら私は今の世に、庶民に生まれて良かった!なんて思っていました。
ホントはそんな世界に飛び込んだ雨乃の苦労ももう少し表現したかったのですが少しづつ加筆していきます。

さがみさんの小説、毎回拝読しております。
私の大好きな鎌倉、そしてハイライトのひとつである兄弟の対面。
これからも私の楽しみとさせて頂きます。
どうぞ、無理されずにゆっくり執筆なさって下さいね。
Posted by 雨乃 at 2007年10月04日 20:51
あたたかいお言葉ありがとうございました。
私も頑張って続きを書いていきたいと思います。
Posted by さがみ at 2007年10月05日 20:20
さがみさん♪
私ももう少し、頑張ってみます。
お互い力を入れすぎずに表現していきましょうね♪

これからもよろしくお願い申し上げます。
Posted by 雨乃 at 2007年10月06日 00:19
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