2007年04月21日

葛城の血

「その方、その方」、一緒に話を聞いていた年かさの女性が慌てている。
「草壁様は大丈夫かえ?今、お眠りになられただけか?我が許すゆえ草壁様を早く見よ」
…見よ、ってまったくこの人は相変わらずの命令口調なんだから。
心の中でブツブツ文句を言いながら脈を探す。
「どうじゃ、どうじゃ?」
「大丈夫です。熱もさっきより下がっていますし、脈は正常です。」
と、答えたところに後ろから声が聞こえてきた。
「そなたは薬師の心得があるのかえ?」
声の方向に振り向いた私を見つめ
「ほぉ、さすが葛城の女子(おなご)、肌が抜けるように白い。」と、その人は言った。
「ひめみこ様、草壁様がご無事で何よりです。志斐は安心致しました。」
「志斐、心配をかけたな。」
と言いながら微笑んだ。
「志斐、朕(われ)はこの娘と話がしたい。そちはしばらく静かにしていておくれ。」
「かしこまりました」
…フフ、この人って私にはあんなに居丈高だったのにひめみこ様って人の前では素直なのね。おかしさに笑いをこらえている私に向かってひめみこ様と呼ばれたその人が
「名は何と申す?」と、聞いた。
「葛城雨乃です」
「その方!皇后様(おおきさきさま)に向かって何て口の聞き方をする!」
と、静かにしているはずの志斐が怒鳴った。
…皇后って?天皇の妻??と頭が回転しかけた時に
「志斐、静かにしていないのなら先に帰っていてちょうだい」と彼女は言った。
「雨乃、朕の話を聞いてくれますか?朕もそなたと同じ鵜野と言う名前です。そなたには何の話なのかわからないと思うがそなたならきっと理解できるであろう。」
「はい。」

朕はタカミムスビ神に連なるものです。
ヤマトの政の本流は蘇我林大臣が行っていましたが葛城の莫大な財産や人の管理をしていたのは我が母の実家である倉山田家なのです。
倉山田の娘を娶ると言うことは葛城の本流を娶ること、葛城の本流の血は女性を媒体として継承され、婚姻者はヤマトを治める権利を有することができるのです。
そこに目をつけ母を強奪したのが我が父近江の帝(天智天皇)、そして葛城の本流の母の娘である朕と姉上を父上への全面的協力と忠誠を引き替えに娶ったのが夫のスメラミコトです。
そして朕とスメラミコトの間の息子がこの草壁、葛城の家系の男子には時々神の意思のまま動ける者をこの世に送り出しますがその霊力と引き替えに命を縮められたり、声をとられたり、光を奪われたりします。
姉の子である大津はスメラミコトの血を受け継ぎ壮健じゃが草壁は葛城の血を享けこの通り儚い身の上なのです。

…この人が話していたことと同じだ、と草壁様の顔を見ると話にうなづいているように見えた。

草壁の霊力は強い。今、意識はなくともこの話を心で聞いておる。
何故草壁がそなたをここに連れてきたのか朕にはわからないが葛城の本流を守るためのタカミムスビ神のお導きなのであろう。

そこまで一気に話してから皇后様はにっこりと微笑んだ。
「ところで雨乃、そなたは我が母に生き写しじゃ。のう、志斐」
「ひめみこ様、畏れ多いことを申されますな。肌の白さ、お顔だちは多少は似ておりますが遠智様は折れてしまいそうなほどに儚げでしたから。」
…悪かったわね。どう見ても折れなさそうで。
「志斐!」
「申し訳ございません。」
「雨乃、勝手に草壁がそなたを連れてきておいて申し訳ないがそなたはそなたの時代に帰りたくとも朕も草壁も戻す方法はわからないのじゃ。都合が良い話だと思うかもしれぬがそなた、朕の側にいてくれまいか?」
と、言われた。
そう言われても私には仕事もあるし、実家の家族や友達が心配するだろう…。
帰る方法はないのか?草壁にもわからないのか?
私の頭の中はめまぐるしく回転し、考えていた。
帰る方法がわからない…もしかしたらこの時代にくることが自分に与えられた運命で、運命には逆らえないのかもしれない。
この時代での自分の役割がどんなものかはわからないが、与えられた運命を嘆くよりも積極的に生きたい。
それに役割が終われば元の世界に戻れる予感もする。
「わかりました。よろしくお願いいたします。」と、私は深くお辞儀をした。
「決心をしてくれたのじゃな。ありがとう。そうしたらそなたは朕の遠縁の石川氏の娘、大名児(おおなこ)としよう。タカミムスビ神のお導きで朕と草壁を助けておくれ。」

こうして私はここにいることが決まった。
皇后様は草壁様に声をかけた。
「草壁、お帰りなさい。迎えにきましたゆえ宮に戻りましょう。」
草壁様は物憂げにゆっくりと目を開いた。
その様子を見ていた私はまたもや驚いた。
草壁様はさっきの人とはまるで別人だ!
見かけは華奢でも意思の強そうな凛とした青年の様子は消え、如何にも気の弱そうな男性に変わっていた。
「母上、吾は樹の下で眠っていたのですか?」
「そうじゃ。そろそろ冷えてくる。風邪でも引いたら大変じゃ。宮に帰りましょう。」と、皇后様は小さな子供に言い聞かすように話した。
「はい。」と、私を見た草壁様は「母上、新しい采女ですか?」と、言った。
…どうやら今のこの人に私の記憶はないようだ。


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Posted by jasmintea♪ at 12:12│Comments(0)小説
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