2007年04月25日

皇后の語り

いつもは雨乃が語り部をしておりますが、今日は彼女の知らないことや朕のことも話したいので、朕がお話させて頂きます。

人の世の縁とは異なものです。
雨乃が草壁の体を借りたタカミムスビ神によりここに連れてこられてからどれくらいたったか。
初めは母に似たこの娘が果たす役割を見守るつもりで手元に置きましたが物怖じもせず誰もが敬遠する朕と打ち解けて話してくれる彼女が次第にかわいく思えてきました。
朕が本音で話せる人はいなく、周りにいる者は目的があって摺よってくる者ばかり。
それに加え雨乃に話したように我が息子には直接愛情を与えることはできず見守るだけ。
姉との約定通り時々神が降りてくる危なっかしい草壁を守らなくてはいけない。
人々、いえ何も知らないスメラミコトも朕が草壁を溺愛している、などと申されていました。
スメラミコトは草壁と大津、どちらを皇太子に立てることもできずに日々を過ごしていました。
心無い人々はスメラミコトの意は大津様にあるのに皇后様に遠慮して皇太子にたてることができないと。
早くにどちらかに決めたら良いものを一度は正式な宣下はなかったものの草壁に、と言っておきながら次は大津を重用される…
このようなことが後の禍根となることがおわかりにならないスメラミコトではあるまいに。
何度もきちんと決めましょう、と申し上げても
「そちは草壁かわいさにそのようなことばかり申す」としか見てはくれないのです。
朕の本音を聞いてくれる人もなく、朕は誰かを愛することも、愛されることもできず、自分の感情は心の奥深くに仕舞いこみ孤独の中で毎日を送っていたのです。
その孤独の中から朕を救ってくれたのは異国の世界からきた雨乃でした。
雨乃は朕にたくさんの話をしてくれて、朕の話をたくさん聞いてくれて、朕のことを思いやってくれました。
もしかしたらこの娘は朕を孤独から救うためにここにきたのではないか?と思うほどでした。
ただ朕の中には草壁のために死んだ姉の役割が頭から離れず、雨乃の役割も哀しいものでなきよう祈るだけでした。

雨乃がきてからいろいろなことが少しづつ変わってきましたがそれは朕だけではありませんでした。
これもやはり血なのでしょうか?
雨乃に惹かれたのは朕だけではなく我が息子大津も。
大津と雨乃、何てお似合いの2人なのでしょう。
朕はほとんど人質のように父上のところからスメラミコトに嫁ぎ、スメラニコトの愛も得ることができなかったので若い2人を応援したい気持ちでいっぱいでした。
そんな折、大津が朕の部屋を訪ねてきました。

「大津、今日は大名児は嶋の宮に氷高の相手に出かけて留守なのですよ。」
「叔母上、今日は大名児ではなく叔母上にお話したいことがあって参りました。」
「朕にですか?どのようなお話でしょう?あ、その前にこの前約束をしましたので酒の用意をさせましょう。」
「いえ。酒を飲む前にお話申し上げたいのです。」
「わかりました。どうぞ」
「ハハ、どうぞと申されると上がってしまいます。」
「まぁ、大津がそのような言葉、珍しいですね。よほど大切な話のようですね。」
「はい。」
「大名児のことですか?」
図星をさされ驚いた大津の顔を朕はきっと一生忘れないでしょう。
「どうしてご存知ですか?皇后様、意を決して伺います。大名児は草壁の妻に迎えた身でありましょうか?」
「そのようなこと、誰が申しておりますか?草壁は阿閇以外の妻は必要ないといつも口にしています。」
瞬時に大津の顔が輝いた。
「吾も草壁に聞きましたがやはり同じことを言っておりました。」
「このことはそなたも承知ですよね?」
「はい。皇后様、実は吾は大名児を好いています。」
「承知しております。」
「……」
「大津、それくらいそなたと大名児を見ていればわかります。」
「大名児は吾のことを好いているのでしょうか?」
「さぁ、それは、ご自分でお確かめなさい。」
「わかりました。皇后様、ありがとうございます。」
大津は深々とお辞儀をした。
「でも叔母上、申し訳ありませんが叔母上から大名児には何も話をなさらないで下さい。叔母上からのお話だと大名児は自分の意思に関わらず断れないと思いますので。」
「大津、それほどまでに大名児を…。山辺は大丈夫ですか?」
「山辺は先帝の娘と言うことで父上から与えられた皇女。吾に仕えてくれる山辺は愛しいですがこれほどまでに一緒に時を過ごしたいと思ったのは大名児が初めてです。大名児は今までに出会った女子とは違うのです。」
「フフ、そなたのお気持ちはよくわかりました。朕は見守るだけとしましょう。ただ、大名児は朕にとってもかわいく愛しい我が娘同然の女子です。決して傷つけることのなきようお願いします。」
「皇后様、今のお言葉、胸に刻み付けました。」
「はい。ではお酒にしましょうか?」
「頂きます。」

それから朕と大津はお酒を飲みながら姉上や、壬申の戦の折りの思い出話をしたりしました。
政治的な話ではなく大津とこんなに話したことが今まであったでしょうか?
朕は満ち足りた思いの中で大津と雨乃の未来が明るいものでありますように、と祈っていました。


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Posted by jasmintea♪ at 22:44│Comments(0)小説
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