2007年05月22日

緋色の記憶

スメラミコトにご回復頂ければ…

明日香の宮を囲む山々が冬支度に入り深々と冷え込む日が多くなった頃、皇后様の願いも空しくスメラミコトの病は重くなってきた。
政務は高市様が滞りなくみているが、スメラミコトは昼も夜も大津様をお召しになり私は寂しい毎日を送っていた。
1日会えなくても私の心の中にはポッカリと穴があいたようなのに、1週間も続くとどう過ごされているのか心配だった。

「私に会えない毎日は寒くて冬の前に凍えてしまいそうでしょう?」と、文を送ったら
「大名児が寂しいからと北風に頼んで、会いにきて、会いにきてと吾の耳元でうるさいほどにささやくので寒さに凍える前に会いたい。今日都合をつけるので会おう。」と返事をくれた。
やっぱり私に会えないと寂しいくせに素直じゃないんだから、とすっかり私は舞い上がっていた。
そうだ、ちゃんとご飯を召し上がっているのか、お休みになっているのか聞かなくちゃ。
あ、それと行心のことも聞かなくては。
などと考えていたのに、実際に会うと私達に言葉はいらなかった。
会えなかった時間の隙間を埋めるようにお互いの存在を確認し、寂しかった思いをぶつけあった。
でも、幸せな甘美なひとときはあっというまに終りを迎える。
またお互いのそれぞれの場所に戻らなくてはならない。
別れの切なさに涙する私に大津様は
「父上の病が治ったら吾はそなたを迎えにいく。その日まで待っているのじゃぞ。」と優しく髪を撫でながら言われた。
…スメラミコトの病が治る日なんてこないかもしれないのに、これは約束になっていない、と思いつつ、
「必ず私を迎えにきてね。」と泣き顔でうなづいた。
…困らせて大津様に負担をかけてはいけない。
「大名児、またしばらく会えないのだから笑っておくれ。」
私は笑顔を作った。
大津様は私を愛しそうに抱きしめ
「そうじゃ。会えない時にいつも吾を思い出せるように帯と首飾りを身につけてくれ。」と、小さな包みをあけた。
そこには目に鮮やかな緋色の帯と、帯に合わせたような赤褐色のめのうを使った勾玉の首飾りがあった。
「大津様…」
「こらこら、さっき涙はいかんと約束したぞ。ほら、どうじゃ、大名児には緋色が似合う。この緋色は大名児への我が想いじゃ。」と、照れた顔で、でも、キッパリと言われた。
「こんな見事なものを頂いてよろしいのですか?私から大津様に差し上げるものは何もないのに…。」
「何を言う。そなたには絵をもらったではないか。吾の一番の宝はそなた、二番の宝はあの絵じゃ。」
「大津様、」私は静かに大津様に寄り添った。

「大津様、スメラミコトがお探しでございます。」
…大津様は帰らなくてはいけない。
「それでは大津様、私が恋しくて毎晩泣かれては大名児はゆっくり休めませんから泣かないで下さいね」と言い明るく笑ってみせた。
大津様は私の額にキスをして「道作、行くぞ」と声をかけた。

私は大津様を見送り、帰ろうと用意された輿に乗ろうとしたその瞬間に突然瀬奈が輿の持ち手に
「その方、我等は歩いて戻るゆえ輿はいらぬ。大儀であった。」と言い放った。
私は驚いて瀬奈の顔を見たが彼女は私の視線も、持ち手の視線も意に介していない。
「さぁ、大名児様、明るいうちに宮に戻りましょう。」と言いさっさと歩き出し持ち手を置き去りにした。
私は瀬奈に声をかけない方が良い気がして黙って彼女のあとを追った。
持ち手から少し離れたところまでくると彼女は鳥の鳴き声を発した。
「ヒュルリー、ヒュー」
突然私の前に3人の男女が降ってきた。
降ってきた、と言うのも変な表現だがまさに天から降ってきたような気がした。
私の正面に立った男性が跪き、
「大名児様、ご心配召されるな。我等はタカミムスビ神を信仰する山の民で葛城に連なる方をお守りする一族にございます。この瀬奈とは同じ一族で皇后様から大名児様を警護するように申し付かっております。」と低いがハッキリと聞き取れる声で言った。
「大津様と大名児様はずっと後をつけられています。後をつけているのは新羅の言葉を使っておりましたので新羅のものだと思いますが新羅の誰の手の者かはわかりませぬ。後ろについている人をあぶりだすために我が手のものが大津様のあとを追う新羅の者の後を追っておりますのでしばしのお待ちを。」
「あの、あなたのことは何てお呼びしたら良いのですか?」
私の素っ頓狂な質問に彼は一瞬とまどいながら「柊(ひいらぎ)、とお呼び下さい。」と言った。
あとで瀬奈に聞いた話だが彼らの一族では真の名前を呼ばれると力が落ちる、と言われ真の名前は教えず通り名を使うらしい。
しかしこの時、柊が教えてくれた名前は真の名前で瀬奈を始めその場にいた者は驚いたそうだ。
「では、柊、大津様に危険はないのですね?」
「我が手の者が囲んでおりますので万が一襲われても大丈夫でございます。」
私はホッとした。
「新羅ですか…。」
行心が大津様を尾行させたりはしないだろう。
と、すると誰なのか?
「柊、私はこのままここにいるのですか?」
「いいえ、さっきの輿の持ち手が戻れば彼らは我等の動きに気づくでしょう。そうなったら危険ですので大名児様を背負ってこの場を立ち去りたいのですがよろしいでしょうか?」
私は大津様以外の若い男性に触れられるのを恥ずかしく思ったがここは躊躇してはいられないのかもしれない。
「それしか方法はないのですね。」
「はい。」
「それではよろしくお願い申し上げます。」
と、言い終わるやいなや、私は柊の背中に背負われていた。
「大名児様、しばしの間我慢下さい。この背につかまっていて下さい。それと途中で何かありましてもお声を出されませんように。敵に場所を教えるようなものですから。」
「わかりました。」
私は緊張で震えてきた。
「我が一族をお信じ下さいませ。」
そのまま柊は飛ぶように走り出し先を行く人のあとを追い木の枝を猿のように飛び移った。
最初に彼らが降ってきた感じがしたのは木の上から現れたからなのか。
彼らは木や自然と一体化しているような身のさばきだった。
この人たちはどれくらいの訓練を積んでいるのだろう?と私は驚いていた。
この木の旅で私はほどなく宮に戻った。
柊は門の前で合図をした。そして門を開けたのは物部麻呂であった。
「大名児様、皇后様がご心配しておりました。」
「麻呂、、、、、そなたも柊の仲間なのですか?」
目を丸くして尋ねる私の問いかけには返事をせずに「早く皇后様にお元気な姿をお見せ下さい。」と微笑んだ。


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Posted by jasmintea♪ at 23:01│Comments(0)小説
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