2007年07月29日

覚悟の逢瀬

最近の皇后様はひどくお忙しい。
大嶋や史、柊と会議をしたり、高市様と相談ごとをされたり、スメラミコトの病気平癒の法会を行ったりしている。
あいている時間はすべてスメラミコトの部屋で過ごされご自分の部屋に戻られるのは夜遅くである。
看病の半分を代わらせて下さい、とお願いをしたら
「雨乃、スメラミコトはずっと沢山の妃に囲まれいて朕も寂しい思いをしたのじゃ。こんなに長くお顔を見ていられるのはあの吉野以来。だから朕の楽しみを奪わないでおくれ。」と微笑んだ。
「それにの、きちんと最後を看取ってさしあげたいのじゃ。お姉様が亡くなられた時も、建が亡くなった時もスメラミコトが看取ってくれた。朕はスメラミコトには感謝しておる。それに何より朕が人生を賭けた御方じゃからのぅ。」と、寂しそうに語られた。
でも、皇后様のそんなお気持ちとは裏腹に群臣の中には皇后はスメラミコトを人に会わせないようにしている、それはきっとありもしない大権の禅譲を隠すためだ、と言う者もあり、それが大津様に心を寄せる人達に多いことが気になっていた。
大津様とはもうしばらく会っていない。
寂しかったり心配だったりするが回りの人達すべてが緊張状態に置かれている中で私がわがままを言える立場ではなかった。
しかし道作や行心との間はどうなっているのか、気持ち的には落ち着かない日々だった。

そんなある日、私は皇后様と山田寺の法会に出かけた。
「雨乃、ここは朕が敬愛する興志叔父上が建立された寺じゃ。叔父上は言われなき罪でこの場所で一族もろとも自刃に追い込まれ未完となっていた。朕はスメラミコトが即位されて一番にこの寺の完成を願い出た。スメラミコトは快くお許し下さっての、この仏様はお祖父様が庇護し懇意にしていた仏師にお祖父様にそっくりにするよう翁を通して計らってくれたのじゃ。」
私は仏様の顔を見つめた。
「皇后様、頬に穏やかな笑みを浮かべられています。」
「そうであろう。」
皇后様は嬉しそうに言った。
「ここにきてお祖父様のお顔を見ると勇気が湧いてくる。今でもお祖父様と叔父上の命日3月25日には残っておる一族の者で法要を営むのじゃ。併せて我が母とお姉様、建の法要を母上の妹姪様、大津、草壁、御名部、阿閉と朕で行うのじゃ。また次の年の法要も変わらず6人で行いたいものじゃ。」
「はい。」
「雨乃、今日ここにそなたを連れて参ったのは話したいことがあったのじゃ。」
「何でございましょう?」
「大津より朕に文がきた。」
「大津様が、ですか?どのような?」
「思うところがあり大名児に会って話がしたいのでそなたを一晩吾に預けて欲しいと。」
「…」
「宮からそなたを一人出し、大津に会わせることは大津に仕えし者が良からぬ考えを抱かないとは限らぬので明日夜に宮のそなたの部屋に大津を呼ぼうと思う。大津がそなたを傷つけるようなことはないので翌朝までそなたの部屋の警護は解く。それでどうかの?大津の話を聞いてやってはくれぬか?」
「皇后様、ご配慮感謝致します。でも大津様は何故そんなことを突然に…。何事かあったのでしょうか?」
私は不安な思いに駆られていた。
「それはわからぬが何もないのに突然にこのようなことはすまい。何があるのかよく聞いてやってほしい。雨乃、頼みますよ。」
「はい。皇后様は大津様にお会いになりませんか?」
「ホホ、そのような無粋なことは致しません。大津はそなたに会いたいと言っているのですから。」
私は皇后様の言葉に顔を赤らめた。
「ただの、、1つお願いがある。」
「何なりと。」
「大津にの、、」
「はい。」
「次の法要もぜひ一緒にしましょう、と伝えてくれまいか。必ず、一緒にと。」
「かしこまりました。」
私は皇后様のお気持ちが痛いほどわかった。
そして私は翌夜まで不安な長い、長い時間を過ごした。


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Posted by jasmintea♪ at 20:41│Comments(0)小説
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