星離り行き月を離りて

jasmintea♪

2007年08月15日 20:58

皇后様は突然の出来事に自失していた。
私は不思議な出来事に驚いていたが職業柄こういう時はしっかりとしてくる。
皇后様のお体に触れてはいけないことはわかっているが肩口を揺すってみた。
「皇后様、皇后様」
緩慢な視線で私を見
「雨乃、朱い鳥が…」と、呟いた。
「皇后様、スメラミコトはお亡くな…」
私が最後まで言わない間に皇后様は急ぎスメラミコトの口に手を差し出し呼吸をしていないことを確かめると「大海人様…」と、へなへなと脱力し座り込んでしまった。

草壁様は紫の光でスメラミコトに最期の力を与えたために気を失っていた。
「草壁様、草壁様」
草壁様は目をあけ微かに微笑んだ。
「雨乃、そなたのおかげで父上は母上に最期の言葉を残せた。礼を言うぞ。そなたがこの時代で果たす役割はたくさんあるのぅ。吾は少し休むが心配はいらぬ。」と、言い再び目を閉じた。

大嶋とずっと枕元についていた薬師は不思議な出来事に腰を抜かし呆けたように鳥が飛んでいった方角を怖いものを見るように見つめていた。
「大嶋、大嶋」
肩を揺するがまだ気がつかない。仕方がない…
「大嶋殿!」
私は軽く頬を叩く。
大嶋は夢から醒めたように「雨乃様、いや大名児様、、」ともぞもぞ口を動かした。
「大嶋、薬師を起こしてちょうだい。」
薬師も頬を叩かれ夢から醒めた。
「スメラミコトはご他界されたと思います。確認して下さい。」
薬師は慌ててスメラミコトの元へ行った。そして状態を確かめたあと
「スメラミコトご崩御。」と重い声で言った。
大嶋は息を飲み、横を向いた瞬間に倒れこんでいる草壁様を見つけた。
「大名児様、草壁様は如何されましたか!!」
「草壁様は力を使い果たし眠っておられるだけで心配ないとご自身がおっしゃっていました。」
安堵してため息を一つついたあと皇后様に声をかけるが返事がない。
私は皇后様の近くまで行き
「皇后様、史殿と柊を呼んで構いませんか?」と尋ねた。
皇后様は首をこっくりと下げた。
大嶋は部屋を出て部下に指示をし戻ってきた。

先に柊、続いて史が入ってきてスメラミコトに深々と礼をした。
「皇后様、あとのことは我らにおまかせ下さい。少し休まれたら如何でございましょう?」と、史は言ったが、それには答えずに
「雨乃、、」と、私を呼んだ。
「はい。」
「そなただけここに残り、他の者はしばし次の間で待っててくれぬか。」
「かしこまりました。」

皆が出て行くと皇后様は静かに話し始めた。
「朕は心の奥の一番大切な場所に翁への想いを封印し嫁いだのじゃ。いつか翁の腕に抱かれ共に泣き、笑い、翁を助けて生きる夢を無理やり忘れ心を無くし大海人様と接した。そんな朕の想いを大海人様はご存知だったのじゃな。朕には菊千代様だけ、とずっと思うておったのに、このやるせない気持ちは何じゃ?何故、朕は大海人様をわかろうとしなかった?この胸が締め付けられるような痛みは何じゃ?」
と、一気に話した。
「皇后様、積み重ねた年月は心を柔らかく溶かして行くのかもしれません。」
「雨乃…」
「私が見ていた皇后様はどんなに忙しくても毎日看病をされスメラミコトのために生きお幸せそうでした。」
皇后様の目は潤んでいた。
「私は次の間で皇后様を待っています。どうぞ、スメラミコトと最期のお別れを。」

朕は雨乃が出て行った部屋でスメラミコトの枕元に行き乱れていたお髪を丁寧に直していった。
大海人様は翼を広げどこに飛んでいったのだろう?
あなた、自由な世界で翼を休めて下さいね。
朕は大海人様のまだ暖かさの残る唇にゆっくりと唇を重ねた。

北山にたなびく雲の青雲の星離り行き月を離りて

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