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2007年06月15日

満月の夜

私は翁や茉莉花様、柊と温泉に出かけたり、茉莉花様と一緒に里の子供に字を教えたりして時間を過ごした。
この里は全面的に皇后様を支援するかわりに中央に支配されず税も免除され、兵役も労役もなく翁と長老を除けば身分差別もなく奴婢などもいない。
里の運営は長老による合議制でその上に翁が位置し成り立っている。
壬申年の戦の前まではこうした里の上に各氏(豪族)がいて里を守ってもらう対価として物品を供与していた。
それが律令法の整いとともに豪族ではなく国に納めることとなり取立ては中央から派遣される役人があたるようになった。
その変わりに豪族もその子弟も役人として取り立ててもらえ膨大な報酬を得るのだが律令が強化されていくといずれこの里も維持できなくなるのではないか?と翁は心配していた。
翁の寿命は120歳前後で、今の翁は100歳を越え何年たつかは記憶にないそうで自分の亡きあとの皇后様や茉莉花様、里のことを気にされていた。

楽しい時間が過ぎるのは早く1週間の滞在予定はあっと言う間に過ぎた。
明日は宮に戻るので今日が最後の晩餐である。
最後の晩餐の夜は真ん丸の妖しい光を放つ満月だった。
私達は満月の下、茉莉花様が用意してくれた心尽くしの肴でお酒を飲んだ。
柊はいくら飲んでも変わりなく、私も飲める方だが翁はあまり飲まない。
「もうそろそろ年でのぅ、あまり飲むと茉莉花に叱られる。」と微笑んだ。
「翁、茉莉花様、いろいろありがとうございました。これ、私が描いた翁と茉莉花様お2人の絵です。受け取って頂けますか?」
「おぅ、雨乃は本当に上手に描くのぅ。儂は若々しくて茉莉花に出会った頃のようじゃ。」
満足げに絵を見つめる翁に茉莉花様は「雨乃様、翁を若く描きすぎでございます。」と、微笑んだ。
「そんなことはないぞ。なぁ、茉莉花、儂に万一のことあらばこの絵の儂に毎朝口づけをしてくれんか?」
私と茉莉花様は顔を見合せた。
「翁、そんなことをおっしゃってもそれは無理です。これは紙ですもの、毎朝口づけたら破れてしまいます。だから翁が長生きされて茉莉花様に毎朝おはようの口づけをもらって下さい。」
「おぅおぅ、それが一番じゃのぅ。」
茉莉花様はすっと立ち上がり翁の席にいき「私のために長生きして下さいね。」と言いキスをした。
翁は一旦綻んだ口元を締め
「茉莉花は感じておるようだが儂の寿命は多くは残っていない。草壁と同じで霊力を使うほどに寿命も縮まっていく。それでな、この里は柊に継がせたい、とこの前長老達にお願いしたのじゃ。」
「吾でございますか?」柊は目を今日の満月よりも丸くして驚いた。
「そうじゃ、この先里を守れるのはそちしかおらん。でも、長老達は葛城の血を引かないそちを推挙できないと抜かす。」
「それは致し方ございません。」
「腹もたったがよく考えたらそちはここにいるより雨乃や讃良を守ってもらう方が得策と考えてな。」
「はい。」
「じゃからそちのことは諦めた。しかし、そちがいなくてあの長老達ではこの里はこれから新しく大きくなる勢力には対抗できぬであろう。それで柊と雨乃に頼みがあるのじゃ。」
「何なりと。」
「この里が危険になった時は茉莉花を助けてほしい。儂が炎の中から助けた命を大切にしてほしいのじゃ。茉莉花、そなたは元々この里の人間ではないのだからここに殉じることはない。柊と雨乃のところへ行け。そしてそなたはその命を全うしてくれ。その美しさじゃ、再婚するのも良いであろう。まぁ儂以外の男にそなたが満足するとは思えんがの。」
「菊千代様ったら…」何か言おうとした茉莉花様を制し
「そなたは何も言わずとも良い。話さずとも十分気持ちはわかっておるゆえ。」と微笑んだ。
「この通りじゃ、柊、雨乃、茉莉花を頼む。」と頭を下げた。
「あと、讃良のことじゃが」
「はい。」
「これから世は変わっていく。川に水は流れていても同じ水が流れているわけではない。古きものは生まれ変わり形を新しくしなくてはいけないのじゃが未だに葛城の血が、、などと抜かす石頭にはそれができぬであろう。我が一族が変われないのなら讃良が変われ。枯れていく木もあればこれから新芽をつけ大きくなる木もある。真夏の暑さを避けるには枯れた木ではなく青々とした木が良いのじゃ。どの木が良いのかを見極めるのが讃良の役目じゃ。讃良にならできる、と伝えてくれ。」
「はい。」
「もう1つ、葛城が滅びようとも我らを支えてくれたこの里の者は守るようそれも讃良に託してくれ。雨乃、しかと頼んだぞ。」
「承知いたしました。」
「さぁ、難しい話はも終わりじゃ。今宵はあの満月を愛でながら楽しく過ごそう。」



その頃…
同じ満月に照らされた複都難波宮の阿斗連薬宅には新羅僧行心、大津皇子舎人砺杵道作、薬が集まり密談をしていた。
「最近、難波に鼠が入り込んでいるようですが薬殿、警護は大丈夫でしょうか?」
「道作殿、ぬかりはございませんのでご心配なく。なぁに、鼠が入り込んだとしてもここは難波宮修築の最中、あやしいことは何ひとつございません。」
「笑止。目出度いことに薬殿は何一つ知らないと見える。」
「失礼なことを申すでない!行心殿は吾を愚弄されるか?」
薬は顔を真っ赤にして怒りだした。
「行心、言い過ぎだ。薬殿に対する非礼はこの儂が許さんぞ。」と行心を一喝して薬に向き直った。
「いやいや、薬殿、大変失礼をした。この僧にちゃんと話をつけるゆえすまぬがしばし席を外してもらえぬか?日頃の薬殿のご尽力への御礼の気持ちを兼ね遊び女と酒を別室に用意致しました。薬殿が気に入りそうな抜けるような肌の白いポッチャリとした女子ですぞ。」
「ほほぅ、道作殿、いつもお気遣い感謝致す。吾は皇子様のために存分に働き申すのでおまかせ下さい。ではちょっと失礼するのでごゆっくり。話が終われましたらお呼び下さい。」
と、先ほどの怒りはどこへやらで卑猥な笑みを残しいそいそと出て行った。

「道作、あやつは危ないぞ。女子に弱すぎる。」
「わかっておる。じゃが儂らがここで工事の進捗を監理するわけには行かぬであろう。」
「薬が最近熱を上げておる百合と申す侍女、あれは大名児の侍女だ。吾はわからなかったが大津様とあの娘が会った時、返された輿の持ち手が顔を覚えておった。」
「皇后の近辺の者が難波を探っておるのか?」
「そういうことじゃ。あの侍女は美しいからのぅ、抱かせてあげると言えばあやつはすぐ話してしまうであろう。」
「ならばその百合を斬る。」
「馬鹿な。それでは我らの謀(はかりごと)を知らせているようなものじゃ。あんな小娘など何もできぬ。捨ておけ。それよりおかしな動きは他にもあるのだ。どうも中臣の手の者が動いている気配がある。」
「皇后が兵制官を動かせるわけないだろう。」
「いや、中臣だが大嶋ではない。」
「意美麻呂が裏切ったか?」
「まさか。危ない奴ではあるが今は裏切りはしない。そうではない、史じゃ。」
「史と言ったら近江の内臣の子息ではないか?」
「そうじゃ。」
「近江の重臣の息子ならこのままでは出世の糸口もないな。五百重殿はスメラミコト一番の愛妃なのに未だに大舎人のままと聞く。」
「そうなのだ、その史が何故難波を探るのだろうか?」
「一応動きには注意が必要だがその身分では何もできぬだろう。」
「そうなのじゃ、だが百合が大名児と消えた時のことを考えれば史以外にもう1つの組織が動いおるのがわかるのだがそれが何かはわからぬ。それがひっかかる。」
「うむ。行心の言いたいことはわかった。薬を始末しなくてはいけない時はタイミングを逃さぬようにしよう。我らは大津様の宮となるこの難波を守らなくてはならぬ。」
「その通りだ。もう良いであろう、怪しまれるからそろそろ薬を呼び戻そう。」
「いや、あの者は朝までゆっくり眠ってもらっておる。女を抱く前に酒で眠っているはずだ。」
「ハッハハ、道作殿も人が悪い。」
「すべては皇子様の御為に。」
2人は満月に誓うように月を見上げた。
満月は人の心を妖しげ惑わすのかもしれない。  


Posted by jasmintea♪ at 21:17Comments(0)小説

2007年06月14日

つらい過去

次の日、翁と柊は草壁様に献上する神泉の命水を汲みに行ったので、私は茉莉花様とスメラミコトに煎じる薬草を摘みに行きいろいろな話を聞いた。
此花一族は壬申年の戦の折は夫を選んだ皇后様の意思を尊重し、諸国の豪族がスメラミコトに従い兵を出すよう促したり、その見返りを調整したり、挙兵の際の兵糧や馬、武器の調達、伝令など側面支援に奔走したそうだ。
兵力は持っていないので戦に直接参加することはなかったが戦の勝利は此花一族の支援のおかげとスメラミコトは深く感謝をし明日香に戻った時に翁を宮へ招待したが翁は、「スメラミコトに拝謁できる身分でないので辞退申し上げる、我が一族は皇后様のご意向に従っただけなので栄誉は一切いらぬゆえ皇后様を末永く大切にしてほしい」と、言ったそうだ。
此花一族がこのような力を持っていたのは蘇我氏の遺産で皇后様の母君の遠智様の母君は葛城の女人で蘇我の莫大な倉を管理していた倉山田石川麻呂と結び付いた。
この流れこそが葛城と蘇我の合流で実社会の主流であり、これを機に此花一族は馬、鉄、建築力をも手に入れて力を増したらしい。
これから藤原京の建設も本格化してくるがそれにも翁の采配は欠かせなくスメラミコトも一目おかざるえない状況だ。

「実は私は此花一族の女ではないのです。」
「私は紅蓮の炎の中で地獄を見、死ぬはずでした。」
突然に茉莉花様は言った。

…私が生まれた里は此花の里に勝るとも劣らない静かな近江の山里でした。
此花一族のように特殊な能力はありませんが土地に恵まれていたので食べ物に困ることもなく里全体が静かで穏やかで、父は里の警務を行い母、兄、弟と幸せに暮らしていました。
ところが朝廷が2つに割れる壬申年の戦が始まりました。
天上のことで私達に何の関係もないことなのに父が守る里の倉にある食糧と武器を供出せよ、と近江方の蘇我左大臣(赤兄)の軍がやってきました。
当然それは里の者が冬を越すための食糧だったので父が拒否するとあっと言う間に父は刃で貫かれました。
助けに入った兄も斬られそこから兵の略奪が始まりました。
私は母のとっさの機転で隠し物入れの中に入れられ隙間から一部始終を見ていました。
奴らは倉のものをすべて運び出したあと母を犯そうとしました。
いつも優しい笑みを浮かべ美しかった母の顔を兵達は殴り、抵抗する気を奪ったところで何人も何人も…。
途中で母はショック死していたのにそれでも奴らは母を離そうとしませんでした。

茉莉花様は震えていた。

目的を達した奴らは火をつけました。
今、出て行けば自分も殺される。もしかしたら10歳とは言え自分も母のようにされるかもしれない。
ならばここで私も火に焼かれて父、母、兄と一緒に死のう、と決意しました。
でも、人間って面白いものですね。死を選びながら私は煙で苦しくて息ができずにつらくて『誰か助けて』と炎の中で叫んでいたのです。
その私の叫びを聞き助けてくれたのが翁です。
でも、火の中から助け出された私は自分で助けを求めたにも関わらず「何で私を助けたの?私はあのまま父上、母上と死にたかったのに」と泣きながら菊千代様を責めました。
やりきれなくて、悔しくて、悲しくて、行き場のない思いを助けてくれた人にぶつけることでしか自分を保てなかったのです。
「助けた儂を恨むなら恨め。恨まれても儂は助けたからには一生そなたを守る。」と言いこの里に連れてきました。

雨乃様、人の世は不思議なものですね。
自分ではすべて無くした、もう何も残っていないと絶望してもまた春になれば梅の花は咲くし、蛍は輝くし、雪が降れば寒いと感じるのです。
辛くても、悲しくても亡くなった人の分まで残された者は生きなくてはいけないのですよね。
万が一雨乃様が死んでしまいたいような想いをした時は茉莉花の話を思い出して下さいね。
私も何があろうと生きていきますから。

茉莉花様の話はそこで終わった。頬を撫でる風がいつのまにか冷たくなってきた。
「もう寒くなってきましたね。翁も柊も戻っているでしょうから私達も帰りましょうか。」と遠い日の自分に決別し、今の自分に戻るように静かに言った。

里に戻ると「茉莉花、ご苦労であったな。寒くなかったか?体を暖められるよう酒の用意もできているぞ。讃良がたくさんの酒を見繕っているでのぅ。」と優しく翁は言った。
「はい。それでは着替えて参りますわ。」
「そうか、では儂も手伝おう。」
と、部屋に戻る茉莉花様について翁も行ってしまった。
私は茉莉花様が何故この話をしてくれたのかもわからずに、すっかり2人にあてられて、私も1日も早く大津様と一緒にに暮らしたい、とただ願っていた。
この旅から戻り、スメラミコトがお元気なまま新年を迎えたら、この時の私は希望に満ちていた。  


Posted by jasmintea♪ at 00:05Comments(0)小説

2007年06月08日

お・き・な??
100歳の翁と言うからかなりのお爺様を想像していた私は驚いた。
…100歳のイメージと目の前の人を結びつけるがどうしても結びつかない。
「遠い世界からはるばるようきたのぅ。」
声をかけられてもまだ返事も忘れ翁を見つめている私を見て柊がクスクス笑っている。
私は慌てて「雨乃にございます。」と頭を下げた。
「菊千代にございます。」
何と、、翁は私の真似をして頭を下げた。
私達3人は顔を見合わせてゲラゲラ笑った。
「ようきた、ようきた。」
翁は背が高く190センチはありそうだ。
私がもっとも驚いたのがその髪と髭。
髪も髭も金色で長く風貌は仙人そのものだった。
が、風貌とは反し精悍な顔立ちで皺も多少はあるが年輪を感じさせるほどではなく肌もつやつやしている。
あまりにも風貌と顔がアンバランスなのである。

私は鳥居の奥の洞窟の部屋に通されてもなお、まだ目の前に座っている翁を見つめていた。
翁はさっきから皇后様の手紙を読んでいた。
一通り読み終えたあと
「まだ尻が青い娘っこじゃのぅ。仕方がない。」と苦笑いしながら言った。
「雨乃、讃良(皇后様)の頼みは3つじゃがそなたが返事を伝えてくれ。」
「はい。わかりました。」
「まず何か緊急な事態が発生した時は讃良の言う通りに誰かをこの里に避難させることは承知する。」
「はい。」
「ちゃんと浄御原の宮を脱出できるよう準備も整えておくから心配はいらぬ。そして二つ目。」
「はい。」
「難波の動静を調べてくれとのこと、これはこっちでも既に着手しておる。もう少しでかなり詳しいことがわかるであろう。これはわかり次第柊を通して連絡する。」
「はい。」
「三つ目、次のスメラミコトには誰が良いか、占をしてくれと言うておる。これは断る。占に頼ってはダメじゃ。己が自分で考えろ、と伝えてくれ。」
「それは…」
「良い良い。そのまま伝えて構わぬ。儂の言う意味がわからぬ讃良ではない。そなたの出した結論なら儂は必ず支持すると付け加えてくれ。」
「はい。わかりました。」
「おぅ、おぅ良い娘じゃ。」
翁はいきなり立ち上がり小さな子供にするように私の髪を撫でた。
「翁は人の未来が見えるのですか?」
「いいや、儂に見えるのは断片的な場面だけじゃ。」
「草壁様は氷高様が玉座に座っている姿が見えるとおっしゃっていました。」
「そのようじゃのぅ。」
「翁、伺っても良いですか?」
「何じゃ?」
「私はいつ現代に戻るのでしょうか?」
「それはどういう意味じゃ。そなたは実の親のところに戻りたくないのか?」
「そういう意味ではありませんが今、戻るのはイヤです。今は皇后様や大津様のそばにいたいのです。」
「うむ…。ちょっと待ちなさい。」
翁が宙に手をかざすと神棚に置いてあった水晶がフワフワ手元に飛んできた。
その水晶を両手に乗せ少し高く掲げ何か呪文のようなことを唱え、翁は瞑想していた。
しばらくして水晶から手を離し私を見た翁の目は潤んでいた。
「あ、翁、どうなさいましたか?」
「いやいや、そなたがどれだけ讃良や大津を想っているのかわかりそなたのその優しい心根に感動したのじゃ。大丈夫じゃ、安心しなさい。そなたはその想いのままに過ごせば良い。」
私は一瞬、私の未来を哀れんで翁の目が潤んだのかと思ったので安心しにっこり微笑みながらお礼を言った。
翁は眩しそうに私を見つめ、
「でものぅ、雨乃。ここにおる柊をどう思うかのう?」と真剣な表情で聞いた。
いきなり自分の話題になった柊は当惑している。
「柊?ですか??柊は優しく、暖かく、勇気もある素晴らしい人です。」
「そうかのぅ、そうかのぅ。それは良かった。そうしたら今からでも遅くない。柊は儂が言うのも何じゃが本当に良い男じゃ。雨乃さえ良かったら柊と一緒になりここで暮らさんかのう。」
「フフ、翁はそのようなことをおっしゃって。柊が困った顔をしています。」
「おお、本当じゃ。柊を怒らすと怖いからこの話はここまでとしよう。でもの、雨乃、」
「はい。」
「柊でなくとも儂の妻となりここで暮らすと言う手もあるぞ。」
「え??」
柊は慌てて翁に目配せをしているが翁は気がつかない。
「何、儂は若いモノには負けてはおらん。そなたを幸せにするぞ。」
「まぁ、菊千代様は柊に負けていないのですか。それはそれは頼もしいことですこと。」
翁は慌てて声の方向に振り向いた。
「おお、茉莉花(まりか)いつからそこにいたのだ??」
「はい。あなた様が求愛をしている時より前からここにおりました。」
「いやいや、儂には茉莉花がおるのをつい忘れとったのじゃ。そうじゃ、年をとると何事も忘れっぽくなっていかん。紹介しよう。讃良のところにおる雨乃じゃ。雨乃、儂の愛しい妻の茉莉花じゃ。」
「初めまして。年をとって忘れられた妻の茉莉花でございます。翁が失礼なことを申し上げました。」と優しい笑みを浮かべながら言った。
「雨乃にございます。よろしくお願いします。」
「茉莉花、今日は雨乃も疲れておるであろう、もう休む支度をしてあげてくれ。」
「わかりました。では雨乃様、行きましょうか。」
「はい。それではおやすみなさいませ。」
「今日はゆっくり休みなさい。」
私は翁のところを辞した。

私がいなくなったあと、柊は翁に詰め寄っていた。
「翁、先ほどの『今からでも遅くない』とはどういうことですか?雨乃様の未来に何を見たのです?吾へ話題をふったり、自分と一緒にここで暮らせなどと戯れに申す方でないことくらいわかります。」
「柊…」
「雨乃様を宮に返さない方が良いとお考えなのですね。教えて下さい。雨乃様にはどんな未来が待っているのですか?」
「…柊、、そちは雨乃を想っておるのか?」
「はい。」
「そなたにしてはキッパリ言うのぅ。叶わぬ想いと承知の上で雨乃を想うのか?」
「雨乃様の心の中には大津様しかいないことはわかっております。」
「そうか…。そこまでわかって覚悟ができておるなら言おう。」
「詳細は言えぬがあの娘は遠くない未来に絶望し自分で命を絶とうとするであろう。」
「そ、それは、どうしてですか?」
「柊、そんな剣幕で怒鳴るでない。」
「申し訳ございません。」
「良いか、今、そちに言えるのはこれだけじゃ。あの娘が自ら命を絶とうとしたらそのときは迷わずに娘のみぞおちを叩き気を失わせるのだ。逡巡があっては手遅れになる。良いな。」
「…」
「その時がくればそちにもわかる。決して目を離すではないぞ。あの娘を守ってあげられるのは柊、そちしかおらん。」
「だから占はやめて下さい、といつも言っておりますのに。」
いつのまにか戻ってきた茉莉花が言った。
「茉莉花…」
「占で未来を見ると苦しむのは翁自身でありますのに。そのようなお気の毒な運命…茉莉花は翁の占が外れるように祈っていますわ。」
翁の占が外れることがないことを知っていて彼女はつぶやいた。  


Posted by jasmintea♪ at 21:09Comments(2)小説

2007年06月08日

此花の里へ

くぅは飛んでいるのか?走っているのか?
確かに地面を蹴っているので震動は乗馬のように体に伝わってくるが足は地面についていない。
振り落とされないか心配で初めはくぅにしがみつくようにしていたが段々慣れて周りの景色を見られるようになると木々が私達を避け軟体動物のように変化している不思議な光景に気がついた。
「すごい!」そして驚くことにすれ違う人達も目の前を走っている私達に気がつかない。
…何故なんだろう?
走ったあとを振り返ると風が通り過ぎていったように木々がざわめき枯れ葉が舞い、人々は突然の寒風に寒そうに肩を縮めていた。
もしかしたら私は風になっているのだろうか?
くぅの背も、空気も気持ちよく今まで経験したことがない自然との一体感に私は包まれていた。
「雨乃様、畝傍山です。ここからの景色を見せてあげてほしい、と皇后様より頼まれました。」と、先導するように走っていた柊が止まって教えてくれた。
「あちらが金剛山、これから向かう葛城山、そして二上山です。畝傍山は古より母なる山として親しまれています。」
木立の間から見える景色は霞がかかっていてとてもキレイだった。
山の中で高いせいか空気も浄化されている感じがする。
深く深呼吸をしておいしい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「はぁ!空気がおいしい!ねぇ柊、ちょっと時間はあるかしら?この素晴らしい景色を絵に描きたいんだけど良い?」
柊は微笑みながら「構いませんよ。隣で見ていても邪魔になりませんか?」と聞いた。
「全然大丈夫よ。」
私は皇后様と大津様に見せるためにスケッチに励んだ。

スケッチを終え、私は再びくぅの背に乗って葛城山に向かった。
「ここが高天の森にございます。ここからは歩いて里に入らないといけません。吾が先に歩きますゆえあとをついてきて下さい。」
「はい。」
森の中に入っていくとまだ太陽は沈んでいないのに暗かった。
木々は冬支度に入り葉を散らし、葉や枝が空を隠しているわけでないのにここは深緑の森のように鬱蒼としている。
一瞬土の中から手が出て私の足を掴み、地の底に引きずり込まれそうな錯覚に襲われた。
怖い!こんなところで柊と離れてしまったら…私は森の深さに脅え思わず柊の手を握った。
柊は一瞬戸惑った表情を浮かべたが私の不安げな顔を見て「大丈夫ですよ。」とニッコリ笑いながら手を握り返してくれた。
「子供の頃、森の精霊の絵本を読んだの。心の卑しい者は森の中で精霊に見放され一生さ迷い続けなくてはならない。迷いの森から抜け出せないのよ…。」
「ここの精霊は人が悪さをしなければ我らを見守ってくれます。」
「柊には精霊が見えるの?」
「残念ながら見えませんが葛城の血を引かれる方には見えます。」
「皇后様には見えるの?」
「はい。皆様が見えるわけではありませんが皇后様にも翁にも見えます。」
「翁にも?葛城にゆかりがある方なのですか?」
「それは雨乃様が直接翁にお尋ね下さい。」
「翁とはどのような方なのでしょう?お目にかかるのが楽しみよ。」
「ハハ、雨乃様はまるで想い人に会いにいくようですね。」
柊は笑いながら言った。
「だって皇后様があんなに楽しそうに贈り物を選んでいらしたのよ。皇后様があのように嬉しそうなお顔をなさるなんてどんな方なのかしらと思って。」
「きっと雨乃様は驚きますよ。」柊は皇后様と同じセリフを言った。
話しているせいか、人の手のぬくもりがもたらす安心感からか、気持ちが落ち着いてきたようだ。

いつのまにか目の前が開け私たちは小高い丘の上に立っていた。
丘の上からは川が見え、川原では楽しそうに話をしながら野菜を洗ったり煮炊きする女性達が見える。
川原からやや離れた場所には数十軒の家が寄り添うように点在しひとつの集落を作り、その集落が川沿いに5箇所くらい広がっている。
「ここが我が此花一族の里です。」
私は目の前に広がる光景を呼吸をするのも忘れたように見つめた。
何とのどかで心が落ち着く光景なのだろう。
宮からそんなに離れていないのにまるで別世界、世の喧騒とはかけ離れ柔らかな光に溢れている。
「あの川上の山の入り口の赤い鳥居が見えますか?」
私を目を細めて探した。
「はい、見えます、見えます。」
「あの鳥居の先にタカミムスビ神が祀られ翁が守っています。さぁ、翁のところに行きましょう」と、柊が言った。
『くぅくぅ』
いつのまにかくぅが隣にきて私の手を舐めている。
「くぅ、迎えにきてくれたの?」
私はくぅに抱きつきながら聞いた。
『くぅ』
「ありがとう!翁のところに連れていってちょうだい」
『くぅ!』
くぅは私のはやる気持ちを察したのか超特急で走り出した。
くぅはあっという間に川原を走り、集落を通り越し、赤い鳥居の下に着いた。
「くぅ、こんなに早く走ってくれてありがとう」私はくぅの喉元を撫でながらお礼を言った。

その時、
「ようこそ」と後ろから声が聞こえた。
…菊千代の翁だ!  


Posted by jasmintea♪ at 20:36Comments(0)小説

2007年06月02日

私の思い

以前、blog友達で沙奈さん、と言う女性がいました。
彼女と知り合ったきっかけは「蘇我入鹿」
私は日本書紀で残されているような入鹿のイメージが納得できずそのことを書いた時でした。
彼女も「蘇我氏」が大好き、特に入鹿のことは同じように感じていたのですぐ意気投合しました。
こんな本があるよ~、なんてお互いに情報を交換したり入鹿ではなく鞍作太郎のことを話したりして。
蘇我氏邸宅跡発見?の時も2人して「これで蘇我氏への新発見が出てくるかも~」なんて舞い上がったり蘇我氏から高じて「国つ神」と「天つ神」のことも語り合ったりしました。
それが残念なことに一昨年の11月にまだ私より遥かに若い彼女が永眠されました。
お目にかかったことがない人でもblogでいろいろなことを話していたので本当にショックで悲しかったです。

この小説の中で使っている「瀬奈」は「沙奈」さんからつけました。
林大臣に妻子がいた話は松阪市飯高町「能化庵」寺院跡から持ってきています。
もうひとつの入鹿首塚伝承の地ですね。
そして雨乃と柊が手を合わせたのは飛鳥寺の入鹿の首塚です。
(石のことはよくわかりませんが五輪塔がたったのは時代があとになるのでは?と考え塚にしました)

沙奈さん、天国でこの小説もどきを読んでいてくれているかなぁ?
もっと頑張れ~!!!って言われそうだな♪  


Posted by jasmintea♪ at 20:33Comments(0)コーヒーブレイク

2007年06月02日

旅の始まり

あくる朝、私は自分のバッグに大学ノート、シャープペン、買ったままの頭痛薬とのど飴も入れた。
あっ!バンドエイドも確か化粧ポーチの中に残っていたっけ。

支度を済ませ皇后様の元へ行くと柊がもう待っていた。
「柊、よろしくお願いします。」私はペコリと頭を下げた。
「柊、くれぐれも雨乃をよろしくお願いします。あと翁にもよしなに伝えておくれ。」
「はい。心得てございます。」
「あと、柊!」と、言いながら皇后様は柊を手招きしている。
「はい。」柊は皇后様に近づき跪いた。
皇后様は何やらいたずらっぽい笑みを浮かべ小声で柊に話しかけた。
何を話されたのかは聞こえなかったが普段冷静沈着な柊が首まで真っ赤になってうつむいていた。
あの柊があんなに舞い上がるなんて皇后様は何をおっしゃったのだろう??
「さぁ、宮が動き出す前に出発なさい。雨乃、よろしくお願いしますね。」
「はい。皇后様、いってまいります。」
私は皇后様に深々とお辞儀をしてから皇后様の私室を出た。
朝が早いため宮はまだ静粛を保っている。
聞こえてくるのは小鳥のさえずりと風のざわめきだけ。
静かな宮の中を足音を立てないようにそっと歩き門に着くとそこには麻呂と大嶋が待っていてくれた。
「大名児様、お気をつけて。」と、必要最小限しか言わない麻呂に
「いや〜、柊は羨ましいなぁ。そのお役目、吾と代わりませぬか?」と軽口を叩く大嶋。
対照的な2人の見送りを受け私と柊は宮を出た。

宮を出てしばらく歩き法興寺にきた。
ここは蘇我氏の氏寺であるが今のスメラミコトは大官大寺・川原寺・薬師寺と四大寺として保護している。
これは皇后様の後ろに見え隠れする蘇我氏を盛り立てた組織を意識しての措置で、蘇我氏が残した人的財産は莫大で彼らの協力なくしては寺を作ることも都を作ることもできず、史部達の協力がなければ政権が機能しない。
彼らは表の顔が近江帝からその息子大友、浄御原の帝に代わろうとも裏の顔である葛城と蘇我の血を受け継ぐ者にしか帰属しない。
柊は寺に向かい深々と礼をした。私も隣で礼をする。
私たちはそのまま歩き塚の前で足を止めた。
「ここは蘇我林大臣様(蘇我入鹿)の魂が眠る場所にございます。瀬奈は林大臣様の孫娘に当たります。瀬奈の母方の血は船恵尺殿の娘御で林大臣様とお幸せにお暮らしでした。巳乙の事件の折り、お腹にお子がいらしたので大臣殿(蘇我蝦夷)が命を守られるよう国記と一緒に恵尺殿にお返ししたのです。しかし娘御は子供を生むとすぐに愛しい林大臣様の元へ逝かれたので恵尺殿は都を捨て生き残りの者と高見山で娘の忘れ形見を育てました。恵尺殿はご自分の亡きあとを以前から親交があった菊千代の翁に託され此花一族の者と結婚させ生まれたのが瀬奈にございます。」
柊は大きく息を吸い込んだ。
「実は私と瀬奈は兄妹でして私の祖父にもあたる方でございます。祖父は他国にこの国が狙われていた時外交で敵から身を守りこの国が強くなるために国としてまとめあげようとした、と聞いております。」
私は柊の説明を聞いて塚に向かい静かに手を合わせ礼をした。
…中学校の頃教わった歴史の教科書に載っていた蘇我入鹿。
蘇我氏は専横が過ぎ天皇家を乗っ取ろうとして中大兄皇子と中臣鎌足に誅された、、歴史は長い時間の経過や勝者だけの記録によって本当の姿が見えなくなっていることもあるのだ。
もし、現代に戻ったらもっと深く歴史の勉強をしてみよう、私は思った。

それから私たちは柔らかな陽が注ぎ込む甘樫丘を登った。
旅立ちの日は穏やかな小春日和だ。
現代にいた時は雨女の雨乃と言われていたのに。
中腹まできた時に
「雨乃様、お話がありますのでここでしばらく休みながら話をしましょう。」
と、柊は竹筒の中に入れた水を差し出してくれた。
「ありがとう。話とは何でしょう?」と竹の香りが残る水を飲みながら答えた。この時代の水は無臭でとてもおいしい。現代の塩素消毒の水道水に慣れた私には信じられないおいしさだ。
「まず、皇后様からのお言葉です。」
私は背を伸ばし姿勢を正した。
柊はそんな私を見つめて微笑みながら言った。
皇后様はこうおっしゃいました。
『雨乃は最近ちょっと元気がないようじゃ。草壁や大津のことも心配であるようだし、草壁の霊力でここに連れてこられ生活も激変したこともあるであろう。宮での窮屈なしきたりやいつも人の目にさらされている緊張感もあると思う。何より自分のことを話せる人もいない。それでも雨乃は何ひとつ弱音をはかない。何も言わないだけに朕は心配なのじゃ。雨乃に伝えておくれ。旅をしている間は宮でのことは忘れいろいろなものを見たり聞いたりして楽しんでくるように。そして旅の間は柊や翁を友と思い甘えておいでなさいと。柊も翁もきっと雨乃を優しく包んでくれるであろう。』
ですから雨乃様、もうそんなに肩肘を張らずここにくるまえの雨乃様に戻られて下さい。
「ありがとう、柊。ありがとう皇后様」
…私は何と暖かで優しい人によって支えられているのか。
皇后様の心遣いが嬉しくて涙が出てきた。
「では雨乃様、出発の前に仲間を紹介致します。」私の涙を断ち切るように柊が明るくおどけた感じで声をかけてくれた。
「仲間?皇后様が柊よりスゴい使い手と言っていた?」
「はい。」
『くぅ〜〜。くぅ〜〜』
柊の呼びかけに答えるように目の前に突然に大きなムク犬が現れた。
陽に透けて毛が黄金色にキラキラ輝いている。
普通ムクは愛嬌があってかわいいのにこのムクはすました顔立ちをしていた。
に、しても此花一族の人は突然に現れいつも驚くのだがこのムクも突然現れて驚いた。
「この犬は草壁様と大津様と同じ年に生まれた双子の犬で皇后様用の犬として訓練をしています。」
「皇后様用?」
「皇后様の御身が危険にさらされるようなことあらば宮からお連れ申し上げます。」
「この犬が皇后様を?」
「はい。今日もこの犬に乗り葛城山まで参ります。」
「皇后様の犬なのに私が乗って良いのですか?」
「はい。皇后様の仰せですので。」
「名前は?」
「くぅ、にございます。赤ちゃんの時にくぅくぅ鳴いていたので皇后様がつけられました。」
「くぅちゃん、よろしく。重くてごめんね。」

「では最初はゆっくりと畝傍山を目指しましょう。雨乃様が慣れてきたら飛ばしますので。ではくぅに乗って下さい。」
私は自分の体重にくぅが潰されないかおそるおそる乗ったが大きな犬だけあってビクともしない。
「大丈夫ですね。では」
と、私の様子を確認して柊が手をポンと打った。
それに反応するようくぅが地上から1mくらいフワッと舞い上がった。
…え?地に足がついていない!!
「くぅ、ゆっくりだぞ。」
柊の声を聞いてくぅは走り出した。いや、飛び出した。  


Posted by jasmintea♪ at 19:45Comments(0)小説

2007年05月30日

登場人物紹介②

これからこの話を組み立てていくのに重要な人物が登場していますので前回以降に出てきた&出てくる予定の人物像を書きます。

☆此花一族
・菊千代の翁 此花一族の頭領、年齢は100歳の翁です。
皇后を時には優しく、時には厳しく見守るこの時代の要でもあります。
イメージは出来上がっているのですがまだ登場前なので詳細は省きます。
壬申の乱では鵜野が支持した大海人皇子を勝たせる努力をした人、ってことで♪
それと雨乃以外に大津と草壁が変わっていることを知っている唯一の人でもあります。
・茉莉花 菊千代の翁の愛妻です。この方もキーマンですね♪
・柊 かなわぬ恋ながら雨乃を深く愛し、この先ずっと雨乃を守っていきます。
イメージはGLAYの「とまどい」です。
物静かで暖か、惚れ惚れするような仕事ぶり、シャイな感じと作者が好きなタイプの男性かも♪
・瀬奈(楓) 雨乃の侍女です。氷高と吉備を守る女性として登場させたのですが話がまだそこまで行かないので未消化な書き方になっていますface11スミマセン

☆行心
大津をそそのかし謀反を勧めたと言われている新羅僧行心、、、
彼の人物像は一番悩みましたが彼は彼なりの信念を持って大津をスメラミコトにしようとした、と解釈します。
大津に良かれと思い道作とともに行動に出たことが大津の悲劇を生んでしまった、と設定します。

☆中臣大嶋
大津を捕らえにいったのもこの方ならば、難波宮焼失に関係があるのもこの方、そして持統天皇の即位の時天つ神の寿詞を読んだのもこの方です。
鵜野の傍にいてずっと彼女を支え続けた人だと思っています。
たぶん大嶋に対する皇后の信頼がなければ不比等の出世もなかった?のでは。
作者的には菊千代の翁と同じくらいに描きたいキャラです。
この2人をちゃんと表現できたらこの小説も一人前になれるような気がしています。

☆中臣史
後の藤原不比等ですがこの時代の設定ならばまだ「史」、中臣にしようか藤原にしようか迷いましたがある出来事がきっかけに藤原に戻したことにしたかったので中臣から始めました。
唐の「皇帝」を真似せず日本独特の「天皇制」を形作った不比等、彼のすごさを表現できれば嬉しいですがこの小説の中での活躍はいずれヒロインがバトンタッチした後半になってからです。
と、言っても自分が思うところまでちゃんと書き終えられるのかちょっと不安…。
不比等はこの小説の中で唯一の「敵」として書いていくつもりです。

☆持統天皇と高市太政大臣
(すみません、頭を整理する意味でちょっと書いてみます)
彼女が繋ぎたかった血、私はこの小説で書いている通りそれは葛城→蘇我氏の血だと位置づけています。
たぶん草壁は即位できる状態にはなかった…
彼女的には蘇我倉山田石川麻呂、遠智娘の血を残せるなら大津でもかまわなかったのではないか?と思っています。
大津がダメだったのは新羅(行心)に担がれたことで我が子のことだけしか考えないような女性ではなかったと思います。
高市天皇説の理論づけがちゃんとしたものかはわかりませんが自分なりの解釈で進んでいきたいと思っています。
あくまで小説ですので「証拠」にこだわらなくても良いのかも!と勝手ですみませんface02

☆これからの展開
ただ今の設定年代は685年12月中旬。
明けて686年、新年の祝賀にはスメラミコトも臨席しますが再び体調を崩し「現人神」にも最期の時が近づいてきます。
スメラミコトが重病になるにつれいろいろな人の思惑が交錯する…。
そして変わっていく大津の運命、草壁の運命、雨乃の運命。
基本的に史実に忠実に書くつもりですが自分なりの解釈を巧く織り込みたいです。

どうもプロットばかり先行して情景描写や人物描写が欠如していますが読んで下さる皆様、ありがとうございます。
どう書けば読んで下さる方が興味を持って下さるのか頂いたコメントを何度も読んでいるうちにほんの少しづつですが理解できてきたような気がします。
歴史は大好きicon14ですが筆力が未熟すぎicon15な作者ですがどうにか思い描いていることを表現したいと思っていますのでこれからもよろしくお願いしますface05  


Posted by jasmintea♪ at 19:30Comments(0)登場人物紹介

2007年05月26日

旅立ち

12月もそろそろ半分を過ぎようとする頃、スメラミコトに回復の兆しが見えてきた。
人々はスメラミコトの回復を喜び、それは大津皇子様が寝食を忘れて看病したからだ、と噂をした。
そして大津様を称える話のあとには必ず「草壁様は父君の看病は何もなさらず寝ていたそうだ。」がついていた。
草壁様は最後の霊力でスメラミコトの病気平癒を祈願しそのために生活もできないほど力をなくされている。
皇后様や阿閉様がいくら注意しても草壁様は自分の身を削るような祈願をやめなかった。
そんな草壁様を目の当たりにしている私は悪意のある噂が憎らしかった。
大津様もこうした噂が自分の周りから出ていることを察し、憂慮されていた。
「誰が噂を流しているのか調べようにもどの舎人に頼めば良いのか見当もつかぬ。吾を思うてこととはわかるがこうした行為はやめさせなくてはならない。」と言われた。
私は「舎人をみな一堂に集めて先日行心と道作に話されたようにお話されては如何でしょう?」と進言したが大津様は舎人や関係者を一堂に集めることがより大きな誤解を招かないか心配していた。

こうした状況のある日、私は皇后様とともにスメラミコトに召しだされた。
スメラミコトの部屋に一歩入ると祈祷の香の匂いが充満していた。
「皇后、どうじゃ。今日の朕はいつにも増して健勝であるぞ。」
「はい。今日はお顔のつやもよろしいようで。」
スメラミコトは半身を起こし脇息にもたれかかっていた。
私がここにきた頃、初めてお目にかかった時に比べると何という痩せかただろう。
これはやはり胃癌なのではないか。
だとすればこの一時的な回復は最後の命の輝きかもしれない。
「大名児、これに。」
スメラミコトは私を手招きをして呼び寄せた。
そんなに近くまで行って良いのか私は皇后様を見た。
皇后様は「大名児、スメラミコトの仰せのままに。」と小さな声で言った。

私が皇后様を通り越し、近くまで寄るとスメラミコトは「もっと近うに。」と手招きされた。
とまどいながら手が触れる距離にまで近づいた時、スメラミコトは私をまっすぐに見つめ一筋の涙を流した。
「大田」
小さなかすれるような声でスメラミコトはつぶやいた。
大田、って皇后様の姉上の大田様のことか?
「皇后、もっと近うに。」
「はい。」
「皇后、大田は何故朕に何も言わずに、息子を抱くこともなく1人であの世に行ってしまったのだろうか。」
と、絞りだすような声で言われた。
「この娘は大田に縁ある者なのか?」
「いいえ。血のつながりはございません。が、志斐は我が母に似ていると申しております。」
「おー、そうじゃのぅ。大田は遠智の生き写しと兄上がよく言われておったな。いつだったかそちと朕は女子の好みが似ているなどと戯れに申されていたが。」
皇后様の前で話すことではないのに、と私はちょっと反発を覚えたが皇后様は意に介さずに
「殿方はたおやかな方がお好みのようで。」と微笑んだ。
皇后様のスメラミコトを見る感じは夫ではなく子供を見ているようだ。
「大津がこの娘に夢中になるのが朕にはわかる。鵜野、そなたに頼みがあって呼び出したのじゃ。」
「何でございましょう?」
「そなたはこの娘をかわいがっていると聞くが。」
「はい。この娘は私の安らぎにございます。」
「大津との仲はそなたも承知しておるのか?」
「はい。」
「鵜野、この娘を大津にくれないだろうか。」
皇后様は黙っていた。
「すぐに返事をせんところを見るとダメなようじゃの。」
「いいえ、それは大津からの申し出でしょうか?」
「大津は今のままで良いと申しておる。ただ、朕は母を早くに亡くした大津が不憫でならぬのじゃ。大津の想い人がそなたが連れてきた大田によく似た娘と聞くとますます母に抱かれたことがない大津の気持ちを哀れに思ってのう。」
「はい。」
「それにそなたのかわいがっている娘と大津の婚姻であれば朕の病気で浮き足立っている宮の者達も祝福し、群臣同士の余計な溝も埋まるであろう。如何なものであろうか?」
「スメラミコト、この話はなかったことにして下さいませ。」
今まで話を聞いていた時とは違うキッパリとした言い方で皇后様は言った。
「朕は大津も、大名児も愛おしく思うております。2人の付き合いにも異存はございません。ただ2人の行く末を政治的に利用することは承服できませぬ。」
スメラミコトはつぶやくように「嘘じゃ。そなたは大津がかわいくないのじゃ。」と言い寝間の中に潜りこんでしまった。

皇后様と部屋に戻る途中、私は皇后様がどれだけ傷つかれたことか、と悲しかった。
スメラミコトは長い間寄り添ったご自分の妻がどんな女性なのかわかっていないのか、と腹だたしかった。
たぶん、この時の私は憮然とした顔をしていたのだと思う。
部屋に戻ると皇后様は人払いをし「雨乃、そなたに頼みたいことがあるのじゃ。」と声をかけられた。
「フフ、雨乃、そのように恐ろしい顔していては大津が逃げてしまいますよ。」と微笑みながら言った。
「雨乃、スメラミコトは今でも姉上を愛し、早くに母と別れた大津が愛おしくて仕方がないだけです。今は病床で余計に大津の先々が心配なのでしょう。哀れな親心です。スメラミコトを悪く思うことはなりませぬよ。」と諭すように話された。
「この話はもうこれで終わりじゃ。ところでの、そなたへの頼みなのじゃが葛城山の此花一族の長、菊千代の翁にこの文を届けてもらいたいのじゃ。」
「はい。私がですか?」
「そうじゃ。本当は朕が行って翁に会いたいのじゃが今の状態ではここを離れることができぬ。ここに3つのお願いが書いてあるゆえ翁に読んでもらっておくれ。そうじゃのう、年が明けると朝賀もあるのでそれまでに戻ってくれれば良い。そなたも都を離れ少し楽しんできなされ。」
「いえ、皇后様、私は皇后様の頼みとあらばどこへでも参りますがもし私を気遣ってのことでしたら私は皇后様のおそばにおります。」
「雨乃、そなたはこのような朕のそばにいたいのですか?」
「はい。私は皇后様を姉のように、母のように思っています。」
皇后様は静かに口を開いた。
「雨乃、ありがとう。その言葉、嬉しく思います。今の言葉で決心がつきました。やはり朕の代わりの使者はそなたしかいません。菊千代の翁のところまで行ってくれますか。」
「はい。仰せのままに。」
「どうしても翁に相談したいのじゃ。翁はそなた以外で草壁と大津のことを知っている唯一の人なのです。」
草壁様と大津様のことを知っている人の元へ皇后様の手紙を持っていく、、そんな大切な役目なのか。
「またそんなに緊張せずとも良い。もうひとつの目的はそなたに明日香以外の空気に触れさせたいのじゃ。スメラミコトの病状が安定しているこのときでないと旅もできぬからのぅ。」
「はい。」
「それでは明日の朝にも旅立って下され。そなたの警護と道案内には柊があたる。」
「え?柊と2人で旅立つのですか?」
私の驚いた声に皇后様は
「いいや、そなたと柊は若い男女ですから2人は危ないですよね。雨乃のような女子が始終そばにいたらいくら心身を鍛えられた柊でも心が揺らぐやもしれぬからのう。」と悪戯な笑みで微笑んでいる。
「いえ…。あ、柊の配下の方々もご一緒ということですね。」
「いいえ、そなたと柊2人だけじゃ。」
「え????」
「まぁ、そなたは楽しみにしていなされ。柊よりすごい使い手が一緒ゆえ心配することはない。」
「はい…。」
私は何が何だかわからず曖昧に返事をした。
「さぁ、朕は翁への贈り物をみつくろうとしよう。翁を一目見たら、そなたもビックリしますよ。」
皇后様はやけに楽しそうだった。  


Posted by jasmintea♪ at 18:27Comments(0)小説

2007年05月24日

思惑

宮に戻り皇后様の執務室に入ると「雨乃、心配していました。」と皇后様は駆け寄って私の手をとった。
「無事に戻って良かった。先ほど大津も無事に戻ったと連絡がきています。」
私は皇后様へのお礼より先に大津様の帰還にホッとした。
「皇后様、ご心配をかけまして申し訳ありませんでした。」
「そなたと大津が無事で何よりです。柊、麻呂、ご苦労であった。」
私は皇后様のお言葉と同時に2人に向かい深々と頭を下げた。
「雨乃、ここにいる3人は朕を支えてくれている方々です。そなたのことも、草壁のことも承知しています。一応麻呂を除く2人を紹介しておきましょうね。こちらは兵制官長中臣大嶋です。中臣はタカミムスビ神を信仰しています。」
白髪の初老の男性が「中臣大嶋にございます。雨乃様には初めてお目にかかります。」と、落ち着いた、優しげな声で言われた。
ふと私は現代で私を心配しているであろう父を思い出した。
そう言えば父に似ているかも。
「雨乃にございます。大嶋様、よろしくお願い申し上げます。」
大嶋はニコニコと微笑んでいた。
「そしてこの若者はさっきそなたを助けた柊。この若さで此花一族の長の信頼を得て右腕となっています。志斐の親戚なのですよ。あと、もうひとつ、そなたの傍にいる瀬奈も此花一族の娘で真の名は楓です。」
「柊様、今日は危ないところをありがとうございました。」
柊様は慌てて「雨乃様、吾のようなものに様をつけてはいけません。柊と呼んで下さい。」と言った。
「さぁ、それでは話を聞かせて下さい。雨乃、そなたもそこにお座りなさい。」
「え?あの、皇后様私などがこの場にいるのは場違いだと思うのですが…。」
「草壁のことを一番承知しておるのはそなたです。気にせずにお座りなさい。」
「はい。」私は着席した。
私が着席したのを見て大嶋が皇后様に声をかけた。
「皇后様、畏れ多いことですが大嶋よりお願いの儀がございます。」
「申してみよ。」
「この席に史も加えて頂きたく存じます。」
「中臣史ですか。草壁は史を信頼しておるようじゃな。」
「その通りにございます。」
「大嶋、この場に呼ぶと言うことは雨乃のことも草壁のことも話さなくてはなりません。朕はまだ迷っているのです。」
「皇后様、史の洞察力は卓越しております。我らに見えないことも彼には見えると思いますが。」
「わかりました。今日はどうしてもそなたらに話しておきたいことがあるので次回から考えましょう。」
「承知いたしました。」
大嶋は一礼した。
「では、麻呂、今日の話をまず聞かせておくれ。」
「はっ。今日大津様と大名児様が会われた頃に瀬奈より周りを新羅の言葉の者に囲まれている、と知らせがありました。瀬奈は今まで大名児様がつけられたことはないので尾行されたのは大津様ではないか?とも伝えてきました。吾は柊に現場に向かわせ、大津様と大名児様の身の安全の確保と怪しい者の追跡を頼みました。」
「新羅の者が何故大津を尾行するのでしょう?」
「皇后様、それは今、柊の手の者がその者がどこへ帰るか追跡しておりますので少々お待ち下さい。」
「そうであるな。相手がわからねば早計じゃ。それでは先に朕の話をしよう。」
皇后様は大きく息を吸い込んだ。
「朕はスメラミコトの後継には大津を推挙しようと思う。」
3人は驚きの顔で皇后様を見つめ互いに視線を合わせ、次の言葉を待った。
「みなも知っての通り草壁は霊力も弱まり生気が落ち、最近は寝込んだままじゃ。スメラミコトのあとを継ぐのは無理であろう。表の顔であるスメラミコトは大津が継げば良い。葛城の血は氷高に継がれるから皆の者は心配はいらぬ。」
「皇后様、草壁様の今の状態は吾も憂慮しております。母君としてのご心配なお気持ちもお察し申し上げます。ですが、やはり皇太子は草壁様でないとなりませぬ。大変申し上げにくいことですが大津様には新羅がついております。」
と、大嶋が一気に喋った。
「大津と新羅が繋がっているようなことはありませぬ。新羅の者が一方的に大津の即位を期待しているだけじゃ。」
「では、皇后様は新羅の期待に応え大津様の即位を考えられるとおっしゃるのですか?」
大嶋の痛いところをついた問いに皇后様は珍しく声を荒げ椅子から立ち上がった。
「そなたは何を申すか。」
「皇后様に申し上げます。筑紫の太宰より新羅の朝貢使がこちらに向かっていると報告があります。」
2人の間に割って入るように麻呂が告げた。
皇后様も大嶋も麻呂の言葉に驚き2人ご一緒に
「新羅からの朝貢使」とつぶやいた。
「新羅からは朝貢の連絡が来ているのかえ?」
「史殿が調べたところによるとそのような連絡はないようです。」
「ううーむ」
「皇后様、吾からの提案ですが皇太子の件は今、結論を出すのは早いかと思います。諸事情や草壁様の具合を考慮してもう一度考えましょう。皇后様のご意向はご意向としてこの麻呂も、大嶋殿も胸に留めておきますゆえ。それで如何でございましょうか?」
「承知。」
皇后様は一言だけ発し心を落ち着けるように椅子に座り直した。

と、その時志斐が「皇后様、瀬奈が戻りました。」と告げた。
「瀬奈をここに。」
「皇后様、ただ今戻りました。」
「ご苦労であった。新羅の者らはどこに消えた?」
「それが難波宮の修築の人夫の群れに消えました。」
「難波宮の修築?」
「はい。」
「新羅の者が難波宮…。そして筑紫には朝貢使…。大津様の尾行…。」大嶋は呪文のように2度同じことを言った。
「新羅の者が難波宮…。そして筑紫には朝貢使…。大津様の尾行…。」
「大嶋、新羅の狙いは何であろう?」
大嶋は皇后様の問いかけも無視しもう一度モゴモゴと
「新羅、難波宮、朝貢使、監視」と言葉を変えた。
「大嶋、そなたは大津を監視するために新羅が朝貢に事寄せくると言うのか?」
「いえ、皇后様、申し訳ありません。この老いぼれ頭では何もわかりませぬ。」
大嶋の急におじいさんぶった言い方に皇后様は苦笑いをしながらため息をつかれ、
「大嶋、そんなことを言ってそなたの魂胆は見えています。わかりました。。今日はこのまま散会にし次回は改めて史を加えみなで知恵を出し合いましょう。」
「ありがたきこと。」大嶋は立ち上がり皇后様に向かい礼をした。
退出しようとして皇后様は後ろを振り返り
「そうじゃ。柊、長には朕から頼むゆえ里には帰らずここで雨乃を守ってくれぬだろうか?」と言った。
「すべては皇后様のお心のままに。」柊は頭を下げた。
「感謝致します。それと麻呂、草壁の警護ももう少し厳重に致しましょう。」
「はっ。皇后様の警護も人を増やしましょう。」
「そうじゃ、あとのぅ、麻呂。」
皇后様は真剣な表情を崩し何やら思い出したようにクスクス笑った。
「そこにおる、年寄りぶった白髪頭のお年寄りも守って差し上げて下さいね。」
つい、私は声をたてて笑ってしまった。
大嶋はさすがに皇后様には何も言わず
「雨乃様、笑いすぎにございます。」と渋い顔で優しく言った。  


Posted by jasmintea♪ at 21:06Comments(0)小説

2007年05月22日

緋色の記憶

スメラミコトにご回復頂ければ…

明日香の宮を囲む山々が冬支度に入り深々と冷え込む日が多くなった頃、皇后様の願いも空しくスメラミコトの病は重くなってきた。
政務は高市様が滞りなくみているが、スメラミコトは昼も夜も大津様をお召しになり私は寂しい毎日を送っていた。
1日会えなくても私の心の中にはポッカリと穴があいたようなのに、1週間も続くとどう過ごされているのか心配だった。

「私に会えない毎日は寒くて冬の前に凍えてしまいそうでしょう?」と、文を送ったら
「大名児が寂しいからと北風に頼んで、会いにきて、会いにきてと吾の耳元でうるさいほどにささやくので寒さに凍える前に会いたい。今日都合をつけるので会おう。」と返事をくれた。
やっぱり私に会えないと寂しいくせに素直じゃないんだから、とすっかり私は舞い上がっていた。
そうだ、ちゃんとご飯を召し上がっているのか、お休みになっているのか聞かなくちゃ。
あ、それと行心のことも聞かなくては。
などと考えていたのに、実際に会うと私達に言葉はいらなかった。
会えなかった時間の隙間を埋めるようにお互いの存在を確認し、寂しかった思いをぶつけあった。
でも、幸せな甘美なひとときはあっというまに終りを迎える。
またお互いのそれぞれの場所に戻らなくてはならない。
別れの切なさに涙する私に大津様は
「父上の病が治ったら吾はそなたを迎えにいく。その日まで待っているのじゃぞ。」と優しく髪を撫でながら言われた。
…スメラミコトの病が治る日なんてこないかもしれないのに、これは約束になっていない、と思いつつ、
「必ず私を迎えにきてね。」と泣き顔でうなづいた。
…困らせて大津様に負担をかけてはいけない。
「大名児、またしばらく会えないのだから笑っておくれ。」
私は笑顔を作った。
大津様は私を愛しそうに抱きしめ
「そうじゃ。会えない時にいつも吾を思い出せるように帯と首飾りを身につけてくれ。」と、小さな包みをあけた。
そこには目に鮮やかな緋色の帯と、帯に合わせたような赤褐色のめのうを使った勾玉の首飾りがあった。
「大津様…」
「こらこら、さっき涙はいかんと約束したぞ。ほら、どうじゃ、大名児には緋色が似合う。この緋色は大名児への我が想いじゃ。」と、照れた顔で、でも、キッパリと言われた。
「こんな見事なものを頂いてよろしいのですか?私から大津様に差し上げるものは何もないのに…。」
「何を言う。そなたには絵をもらったではないか。吾の一番の宝はそなた、二番の宝はあの絵じゃ。」
「大津様、」私は静かに大津様に寄り添った。

「大津様、スメラミコトがお探しでございます。」
…大津様は帰らなくてはいけない。
「それでは大津様、私が恋しくて毎晩泣かれては大名児はゆっくり休めませんから泣かないで下さいね」と言い明るく笑ってみせた。
大津様は私の額にキスをして「道作、行くぞ」と声をかけた。

私は大津様を見送り、帰ろうと用意された輿に乗ろうとしたその瞬間に突然瀬奈が輿の持ち手に
「その方、我等は歩いて戻るゆえ輿はいらぬ。大儀であった。」と言い放った。
私は驚いて瀬奈の顔を見たが彼女は私の視線も、持ち手の視線も意に介していない。
「さぁ、大名児様、明るいうちに宮に戻りましょう。」と言いさっさと歩き出し持ち手を置き去りにした。
私は瀬奈に声をかけない方が良い気がして黙って彼女のあとを追った。
持ち手から少し離れたところまでくると彼女は鳥の鳴き声を発した。
「ヒュルリー、ヒュー」
突然私の前に3人の男女が降ってきた。
降ってきた、と言うのも変な表現だがまさに天から降ってきたような気がした。
私の正面に立った男性が跪き、
「大名児様、ご心配召されるな。我等はタカミムスビ神を信仰する山の民で葛城に連なる方をお守りする一族にございます。この瀬奈とは同じ一族で皇后様から大名児様を警護するように申し付かっております。」と低いがハッキリと聞き取れる声で言った。
「大津様と大名児様はずっと後をつけられています。後をつけているのは新羅の言葉を使っておりましたので新羅のものだと思いますが新羅の誰の手の者かはわかりませぬ。後ろについている人をあぶりだすために我が手のものが大津様のあとを追う新羅の者の後を追っておりますのでしばしのお待ちを。」
「あの、あなたのことは何てお呼びしたら良いのですか?」
私の素っ頓狂な質問に彼は一瞬とまどいながら「柊(ひいらぎ)、とお呼び下さい。」と言った。
あとで瀬奈に聞いた話だが彼らの一族では真の名前を呼ばれると力が落ちる、と言われ真の名前は教えず通り名を使うらしい。
しかしこの時、柊が教えてくれた名前は真の名前で瀬奈を始めその場にいた者は驚いたそうだ。
「では、柊、大津様に危険はないのですね?」
「我が手の者が囲んでおりますので万が一襲われても大丈夫でございます。」
私はホッとした。
「新羅ですか…。」
行心が大津様を尾行させたりはしないだろう。
と、すると誰なのか?
「柊、私はこのままここにいるのですか?」
「いいえ、さっきの輿の持ち手が戻れば彼らは我等の動きに気づくでしょう。そうなったら危険ですので大名児様を背負ってこの場を立ち去りたいのですがよろしいでしょうか?」
私は大津様以外の若い男性に触れられるのを恥ずかしく思ったがここは躊躇してはいられないのかもしれない。
「それしか方法はないのですね。」
「はい。」
「それではよろしくお願い申し上げます。」
と、言い終わるやいなや、私は柊の背中に背負われていた。
「大名児様、しばしの間我慢下さい。この背につかまっていて下さい。それと途中で何かありましてもお声を出されませんように。敵に場所を教えるようなものですから。」
「わかりました。」
私は緊張で震えてきた。
「我が一族をお信じ下さいませ。」
そのまま柊は飛ぶように走り出し先を行く人のあとを追い木の枝を猿のように飛び移った。
最初に彼らが降ってきた感じがしたのは木の上から現れたからなのか。
彼らは木や自然と一体化しているような身のさばきだった。
この人たちはどれくらいの訓練を積んでいるのだろう?と私は驚いていた。
この木の旅で私はほどなく宮に戻った。
柊は門の前で合図をした。そして門を開けたのは物部麻呂であった。
「大名児様、皇后様がご心配しておりました。」
「麻呂、、、、、そなたも柊の仲間なのですか?」
目を丸くして尋ねる私の問いかけには返事をせずに「早く皇后様にお元気な姿をお見せ下さい。」と微笑んだ。  


Posted by jasmintea♪ at 23:01Comments(0)小説

2007年05月22日

決意

皇后様は中腰になっている私と同じ姿勢になり、
「大名児、志斐、ありがとう。」と頭を下げられた。
私は皇后様よりも深く頭を下げ、志斐は下げようとして草壁様の頭が膝に乗っているのを思い出し、
「ひめみこ様、とんでもございません。」と皺くちゃな顔で言った。
志斐の皇后様への想いはスゴい。
皇后様より2歳上なのにまるで母親のように皇后様を守る。
志斐の両親は皇后様のお祖父様に仕えていて志斐は幼い頃より皇后様をお守りするための教育、訓練を受け大きくなったそうだ。
それは瀬奈も同じで葛城の血を引く天上の方に仕える者を輩出することが一族の誇りらしい。
志斐は皇后様のお祖父様から直接皇后様の身の回りの世話をすることを言いつかり、お祖父様、母君様が亡くなり姉妹一緒にスメラミコトに嫁ぐ時も付き添い、姉上様を亡くされ悲しみに沈む皇后様を励まし、父君様亡きあとはスメラミコトと身ひとつで吉野にこもられ、皇后様の兄弟にあたる大友様との戦いを支え勝利し、今はこの宮で皇后として奥を取り仕切る波乱の人生を一緒に旅してきた女性だ。
私に対しての始めの頃の態度も皇后様と皇后様の産んだただ一人の息子、草壁様を想う一心からのことだろう、と最近の私は志斐に好意を持っている。
この志斐の一途な想いは皇后様の救いかもしれない。

「草壁、もう苦しくはありませんか?」
草壁様の顔を愛おしそうに触れる皇后様は慈愛に満ちていた。
…私が仕事をしていた病院の看護師長に似ている。
「母上、また心配をおかけしまして申し訳ございません。」
「そなたが健やかであれば心配など何ともない。」と草壁様に優しく微笑み、
「大名児、もう草壁を寝所に動かしても大丈夫かえ?」と尋ねた。
「はい、大丈夫だと思いますが歩くのにどなたか男性に支えて頂いた方がよろしいかと。」
「皇后様、畏れ多いことですがやつがれが寝所までお供してよろしいでしょうか?」
と、それまで成り行きを見守っていた若い男性が声をかけた。
草壁様はその人を見て安心した表情をして、
「史、そこにおったのか。頼む。」と言われた。
私は皇后様のうなづきを確認してから
「そうしましたら史様、よろしくお願い致します。では草壁様、ゆっくりと頭を持ち上げ起き上がり下さい。はい。頭がクラクラしたり、痛かったり、目が回っていたりしませんか?」
「いや、大丈夫じゃ。」
「はい。そうしましたら立ってみましょう。史様、脇の下から腕を抱え込むようにしっかり支えて下さい。まだ足が震えると思いますので力が入らなかったら無理なさらないで下さいね。如何ですか?」
草壁様は史様に支えられながら立ち上がり皇后様を安心させるように
「母上、大丈夫です。もう何ともありません。」と、まだ震えが残る足で懸命に踏ん張りながら微笑んだ。
「史、早く朕の寝所に。志斐、先に戻り支度を整えておくれ。」と、指示した。
「皇后様、やつがれが草壁様を嶋の宮までお送り致しますゆえ、皇后様はここでお休みください。もし何かございますればすぐに知らせますゆえ」
と、目配せをした。
皇后様は一瞬、逡巡なさってから「すべてそなたにまかせましょう。」と言われた。
史様と草壁様が見えなくなってから皇后様は瀬奈にこの場にいた者と、使いに走った者、そして麻呂を呼んでくるように声をかけた。
戻ってきた志斐と瀬奈に麻呂を加えた一堂7人がほどなく集まり皇后様は静かに口を開いた。
「みなのもの、よく草壁を助けてくれた。この通り礼を申す。」と頭を下げられた。
「そなた達の忠に報いなければならぬが、申し訳ない、今日のことは公にできぬ。朕を助けると思い今宵のことは忘れて下され。麻呂、そのように取り計らって下され。」と言われた。
「その方ら、皇后様のおっしゃることがわかるな。他言無用ぞ。」と志斐は低く重い声で言った。
さっきの史様との目配せはこのことだったのか。
私はまたもや自分の甘さを認識し、自分の鈍感さに腹がたった。

みんなが下がり、皇后様と二人になると、
「雨乃、そなたはさきほどのことを気にかけているのであろう。」と、言った。
図星をさされた私は視線をあげられずに下を見ていた。
「良いか、そなたは今のままのそなたで良い。変な気は回さずとも良いのじゃ。そのまっすぐな気性で陽のあたる道を歩いておくれ。影や裏は朕が引き受けるゆえ。」
「でも」と、言いかけた私の言葉を遮るように
「さあ、それより草壁が倒れた時の詳しい様子とそなたの見立てを教えておくれ。」と言われた。

一通り話終えた私に皇后様は質問をされた。
「その過呼吸とやらはどうして起こるのかえ?」
「責任感が強い人が自分の責任を果たすのに心が疲れたりすると表面上は元気そうに見えても先に体が反応します。過呼吸もですが体自体は悪くないのに頭痛が続いたり、微熱が続いたりすることもあります。」
「最近草壁の調子が悪いのもそのせいであろうか?」
「はい。その可能性が強いかと。」
「のう、雨乃、草壁の心の負担は神の声が聞こえることであろうか。それともスメラミコトになることであろうか。」
「皇后様、私の考えを申し上げてよろしいですか?」
「元よりそなたの考えを聞いておるのじゃ。気にせずに言うておくれ。」
「はい。話の途中で草壁様に戻られたことからも霊力が弱まっている気が致します。霊力の弱まりが生気を奪っているような。私には政はわかりませぬが今のままでは草壁様のお体は激務には耐えられないと思います。」
「雨乃、よく言うてくれました。朕も同じ思いです。スメラミコトにご回復頂くのが一番じゃが、万が一の場合でも草壁に無理はさせられませんね。無理をさせれば草壁の命が危うくなる、、そういうことですね。」
私は黙ってお辞儀をした。
「わかりました。そなたの見立てを朕は草壁のために忘れないようにしましょう。」
と、その時
「皇后様、ただ今史様より無事に嶋の宮に戻られたと知らせが参りました。」と志斐が告げた。
「志斐、いろいろとご苦労であった。朕ももう休むゆえそなたも休みなさい。」
「雨乃、今日はもう休みましょう。そなたも疲れたであろう。明日の朝は少しゆっくりなさい。」と言われ2日分くらいあったような長い1日は終わった。  


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2007年05月17日

未来への伝言

訳語田から戻った私は志斐に声をかけられた。
「大名児様、先ほどから草壁様がお待ちでございます。草壁様をお待たせしてどちらへお出掛けでした?」と棘がある声で聞いた。
もちろん志斐は私の行き先を知っている。
「志斐はさっき、大名児は大津のところへ行ったって教えてくれたじゃないか。」草壁様が笑いながら入ってきた。
「そうでございましたか?」
草壁様がいらっしゃると志斐は機嫌がよくなる。
今もこぼれんばかりの笑みだった。
「志斐、すまぬが少し大名児と話をしたい。母上が戻られたら知らせておくれ。」
「かしこましました。」

志斐が出ていくと草壁様は目を閉じ、「雨乃」と呼びかけた。
いつもの草壁様はこの名前を知らないから今、私の目の前にいるのは神様の声を聞ける草壁様だ。
「雨乃、最近この身は霊力を使うとひどく疲れる。いずれ数年の間に私は眠りに入り、母上のように目覚めることなく死んでゆくのであろう。」と淡々と言われた。
…そんなこと、ひどい。何て理不尽なのだろう。今の草壁様は2人の子供の父親なのに。
「草壁様の身を借りているタカミムスビ神、草壁様に霊力を使わせないで!あなたは草壁様から出ていって。草壁様は阿閉様や氷高様、軽様と幸せに暮らしているのよ。いくら神様だからって草壁様の命を奪う権利はあなたにはないわ!」
私は興奮しながら椅子から立ち上がり目に見えない神様に抗議をした。
草壁様は驚いた顔をしたが、すぐに優しいお顔になり私に静かに言った。
「雨乃、ありがとう。そなたの気持ちは嬉しい。この通り礼を申す。」と私に頭を下げた。
「だがな、神の声を聞けるかどうかに関わらずこの身の寿命は決まっておるのじゃ。吾は今日、そなたに大事なことを頼みたい。だから気分を楽にしてしっかり我が願いを聞いてもらいたい。」
「はい。申し訳ありませんでした。」私は短絡的に怒ってしまった自分を恥じ、草壁様に頭を下げ椅子に座った。
「吾にはすべての未来は見えぬが断片的に見える。」
「はい。」
「この身が短いということはわかっておる。そうなると次のスメラミコトは大津じゃ。吾らはスメラミコトの子供ゆえ吾らの意思とは関係なく利用されてしまうことがあるかもしれない。最近大津の側には新羅の僧が侍っていると聞く。大津は心優しい男じゃ。頼られればいざという時に周りの者の気持ちを優先し自分の意としない行動をするかもしれない。吾はそれが心配なのじゃ。くれぐれも他人の思惑に巻き込まれずに身を大切にしてほしい。そのためには雨乃、そなたがそばにいて大津を見守ってほしい。」
そうか。さっき漠然と行心に感じた不安はこういうことだったのか。
「草壁様、私にそんな力はありません。今、草壁様が言われたことは私も不安に思いましたがどんなことなのかまではわかりませんでした。こんな私が大津様を助けることなどできません。」
草壁様は優しく微笑みながら
「大丈夫じゃ。そなたとの愛が本物ならば大津は絶対に無理をしない。そなたはただ大津を愛すれば良い。」
私は頬を染めうなづいた。
「雨乃、あともうひとつ吾に見える未来があるのじゃ。これは吾にも意外なのだが氷高が玉座に座っている。父上の皇子があまたいるし、何故女子である氷高が玉座にいるのかはわからないが神のお告げに偽りはないであろう。もし、吾の身に万一のことあらば母上にこの話を告げ氷高を守って欲しい。先の地震の時もそうであったが氷高は吾より強く神のご加護を受ける身かもしれぬ。」
…確かに氷高様の神秘性は私にも理解できる。そのご容貌からして神がかって見えるお方だ。
「わかりました。私は氷高様が大切ですのでいつでも自分にできることはしたいと思っております。」
「そうじゃな。そなたはまるで氷高の姉のようじゃ。近頃は神の意思を考え氷高に教育をせねばと考え中臣史と申す様々なことを教えてくれる者をつけておる。しかし何と言っても氷高はまだ幼子であるし女子じゃ。そなたが史と氷高の間に入ってやってくれ。しかし、もしかしたらそなたは氷高を守るためにもここにきたのかもしれぬのぅ。」
今日の神の声が聞ける草壁様は優しい。
こんなに優しい草壁様の未来が残り少ないなんて。
私は草壁様の未来への伝言を全身で受け止めようと努力していた。
と、その時、、、、
「大名児、大名児、志斐を呼んでくれないか。」
と、草壁様が言った。大名児って草壁様は話の途中でいつもの草壁様に戻ったのだろうか?
何か変だ。私は急ぎ控えまで走り志斐を呼んだ。
「草壁様、お呼びでございましょうか?」志斐は急いできた。
草壁様は苦しげな息遣いで「志斐、母上のことでそなたに頼みたいことが………」
とまで言って顔が真っ青になり倒れこんでしまった。「草壁様!どうなさいました!」
「誰ぞ、薬師を」
「皇后様にお知らせを」
みんなが口々に叫んでいる。
この息遣いの荒さ、指の痙攣は以前運ばれた患者さんと同じ、過呼吸ではないだろうか?そうだ、これは過呼吸だ!
「志斐、袋!スーパーのビニール袋!!」と私は叫んでからここにそんなものがあるわけないと気がついた。
…落ち着け、落ち着け、そうだ、あの雨の日に買った頭痛薬とのど飴が入っていた袋がカバンの中でそのままになっている。
私はこの時代の走りにくい靴を脱ぎ捨て裸足になって自室に向かい走り出した。
バッグ、バッグと独り言を言いながらバッグを取りだし、袋を持ってまた走った。
草壁様の元に戻るとさっきより顔が青くなり呼吸がうまくできずにゼイゼイ言っている。
「志斐、草壁様の体を起こして!」
「お体には触れられません。」
「何を言ってるの。至急よ。良いから早く!」
志斐はおそるおそる草壁様の上半身を起こし私が少し隙間を作りながら袋を口にあてる。
「草壁様、この袋の中で息を吸ってはいて下さい。大丈夫ですから私の言う通りにして下さい。そうです。それで良いです。上手です。そのまま袋の中で呼吸して下さい。そうそう呼吸はちゃんとできますからそれで大丈夫です。」
ちょっと呼吸がさっきよりできるようになったようだ。
「今度は少しゆっくり呼吸してみましょう。私が数を数えますからからそれに合わせて下さい。はい、いち、にぃ、さん、そうです。そのままの速度でいち、にぃ、さん」
志斐も同じ速度で一緒に呼吸をしている。
「はい。随分呼吸できるようになってきましたね。一度ゆっくりと息を吸ってはきましょう。吸って、はいて。もう一度、吸って、はいて」
私は袋を外した。
「はい。もう一度吸って、はいて。これで大丈夫ですね。苦しくありませんよね。」
草壁様は目でうなづいた。
…はぁ、、、良かった。志斐の目からは大粒の涙がこぼれて落ちていた。
「まだ立てませんのでこのまましばらく志斐の膝枕でゆっくりなさって下さい。志斐、そのままゆっくりと自分の膝に草壁様の頭をのせるように草壁様が楽に寝転がられるよう座って。ゆっくりね。」
志斐は緊張した面持ちで寝入った赤子が起きないようにそっと寝かしつけるように草壁様の頭を自分の膝にのせ座った。
「草壁様、まだお手が震えると思いますが呼吸が止まっていたためですのでご心配ありませんから。瀬奈、草壁様にかけるものをお願い。」
と、後ろを振り返ったらそこに皇后様が立っていた。
いつ、入ってこられたのか夢中で気がつかなかった。
そして、皇后様の隣には華奢な体型で端正な顔立ちをして、理知的な瞳の青年が立っていた。  


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2007年05月10日

新羅僧 行心

初めて大津様に抱かれた夜は幸せだった。
私がこの世に生を享けたのも、この時代に引き寄せられたのもすべては大津様と愛し合うためだったのだ、と思えた。
これから大津様と泣いたり、笑ったり、怒ったり、喜んだりしながら一緒に時間を重ねていける、私はただ1人の男性のためにだけ存在して、その人はただ私のためにだけ存在している。
その髪1本、1本、指先、目、大津様のすべてを見ていたくて一晩中時間を過ごした。
誰かの愛を受け入れ、喜びを分かち合うことがこんなにも素晴らしいことを私は初めて知った。
その想いは大津様も同じであったと思う。


そんなある日、狩りで負った傷の手当てをしている私に大津様は話しかけた。
「大名児、吾より人を見る目に敏いそなたに頼みがある。吾と一緒に内密に人に会ってもらいたいのじゃ。」
「内密に?どんな方でしょう?」
「帰化僧なんじゃが、、いや、、あまりそなたに先に話をしない方が良かろう。会ってそなたの印象を教えてもらいたい。」
「それはわかりましたが私に会いたいとその者が言い出したことなのですか?山辺様もご一緒ですか?」
と、包帯のような布を巻き終えた私は大津様の真意を探るように目を覗きこんだ。
「山辺は同席せん。会うのは道作とそなただけじゃ。」と答えた。

それから2日後、私は新羅の帰化僧に会った。
「大名児、この者が行心じゃ。行心、吾が何よりも大切に、誰よりも愛しく思うておる大名児じゃ。」
行心は顔をあげ「お初にお目にかかります。行心と申します。」と形通りの挨拶をした。
そして不躾とも思える視線で私を見たあと、
「皇后様のご信頼を得て、草壁様のご寵愛を得て、なおかつ大津様と付き合う女性とはどんな方かと思うておりました。」と、面白くなさそうな表情で言った。
そして間髪入れずに
「実は妖魔(まがもの)ならば大津様のおんために斬ろうと決意して参りました。」
と、低い声で言い殺気を見せた。
…殺気だつ僧なんて変だよね、と殺気の対象は自分なのに高校生の時おばあちゃんが亡くなったお葬式の席で泣く私に優しく説教をしてくれた現代の僧を思い出し、比べながら私は心の中で苦笑していた。
「大名児様、あなたはこの僧が怖くないのですか?」
私の心の中の苦笑がこの人に伝わったようだ。もう殺気は消えていた。
「やつがれは斬るだの妖魔だのと嚇したり、皇后様や草壁様のお名も出しあなた様を挑発して怒らせようと思ったのですが。」
と、拍子抜けしたように言った。
「ワッハッハッハ」大津様の笑い声が響いた。
「行心、一本とられたのぅ。」と、笑顔で言いながら真顔に戻り、
「行心、そして道作にも言うておく。大名児はこのような女子じゃ。皇后様もこの気性を愛で傍に置かれている。そちらは大名児が皇后様の密偵かと思っているようじゃがそれは違う。皇后様はご自分が愛しいと思う大名児を危険な陰謀に使うお人ではない。それに何より皇后様はいつでも吾を信頼下さっていて吾を探らせるようなことはしない。良いか。人々の口の端に惑わされるな。吾を信じ、吾の信じるものを信ずれば良い。」と諭すように言われた。
行心も道作もその場で平伏していた。

そうか。皇后様の元で暮らす私が大津様と付き合うことは人々の目にはスパイに映るのだ。
誰も皇后様の実子が大津様であることは知らないのだから仕方がない。
でも、皇后様は自分の子供だからどうこうと分け隔てする女性ではないし、小さい頃からスメラミコトと皇后様を見てきた草壁様は阿閉様以外の妻はいらないと言っているのに。
と、言っても噂とは何も知らない者が流すのだから理不尽だが致し方ない。
しかし今日のこの席は大津様を大切に思うゆえに私のことを心配する行心や道作に「自分を信じよ」と不安を鎮めるため暴走させないためにと、私のことを周囲にわかってもらうために設けたのか。
大津様はスゴイ!
これは大津様が私の彼だからひいき目に思うことではない。
大津様ご自身は自分の地位ゆえに人がやってくる、と話していたが決してそんなことはない。
大津様のこの素晴らしさが、人格が人を惹きつけるのだ、と思い、こんなステキな人に寄り添える自分の幸せを改めて感じていた。

そんな夢うつつの私を現実の世界に引き戻すように大津様は言われた。

「ついでだからもうひとつ言うておこう。最近、父上は小康状態を保ってはいるものの、良くもなっていない。それで今、人心は惑うておる。
吾は確かに父上に言われ朝政に参与したものの次の皇位は既に草壁に決まっておる。
吾も高市の兄上も草壁を補佐していく所存じゃ。2人ともそれを忘れるではないぞ。」
この大津様の言葉に行心は不満そうに反論を始めた。
「大津様、お言葉を返して大変恐縮ですが民意は大津様にあります。スメラミコトの改革は大きな成果をあげこの国に安定をもたらしましたがまだ発展途上のものもあります。完成された国家でしたら草壁様のお優しさが『和』の象徴となりましょうがここはまだ皆を引っ張っていく『力』があるお人が必要でございましょう。それは大津様しかおりません。この国を強くして他国の魔の手から守られるのは大津様しかいらっしゃいません。やつがれは大津様のためにこの身を捧げるつもりでおります。」
「行心。そちの言葉はありがたい。しかしもう一度言う。吾は皇后様や高市兄上と共に草壁を盛り立てていくのが吾の使命だと思うておる。母上が吾を生んだあと病床に伏されていた時から、皇后様はいつも見えないところで吾を助けて下さった。草壁とは血を分けた兄弟のように育ったのじゃ。吾は恩を忘れるほど恥知らずではない。」
行心はまだ何か話したそうだったが言葉を飲み込んだ。

それから季節の山菜や筍、鹿の肉、焼き鮑などを肴にお酒を飲みながら大津様と行心は漢詩談義に花を咲かせた。
行心は知識も教養もあり、思慮深く、行動力もあり、意志も強そうで今後大津様の大きな力になるのであろう。
行心は大津様を尊敬し、大津様も行心と打ち解けている。
それなのにこの不安は何か?
私は行心が大津様の今後を左右しそうな予感がしていた。  


Posted by jasmintea♪ at 21:26Comments(0)小説

2007年05月07日

想い

その日は1日が、1時間が、1分が長く感じられた。
私は落ち着かない気持ちのまま時間を過ごす。
今まで恋した人や付き合った人もいたけどそれは恋に対する憧れのようなものばかりで、共に人生を歩んでいきたいとか、相手のために何かをしたい、なんて考えたことはなかった。
自分のことより彼、こういう想いはどこから湧いてくるのだろう?
今はただ大津様のために毎日を過ごしたい気持ちと私を見つけてくれて、私を選んでくれてありがとう、と言う感謝の気持ちでいっぱいだった。
何をしてても顔には自然と笑みが浮かんで瀬奈にも不審に思われる始末だった。

なのに、午後になり約束の時間が近づくにつれ今度は不安が大きくなってきた。
皇后様に何も相談せずに大津様と付き合って良いのだろうか?
それに私は現代からきた人間だ。
もし、何かの拍子に現代へ戻ってしまったら大津様はまた孤独になってしまうのだろうか?
大津様の中での私の記憶は無くなってしまうのだろうか?
切ない想いが胸をしめつける。
私がいなくなったら、、大津様は何事もなかったように私以外の人を愛するのだろうか?
私は大きなため息をついた。

「大名児様、今日は一人で微笑まれたり、ため息をつかれたと思ったら涙ぐんだりでどうかなさいましたか?」
この瀬奈の言葉で私は我に返った。
いやだ、本当に涙が出てる。

「いいえ、瀬奈、何ともなくてよ。」
私は精一杯の笑顔で返事をした。
そうだよね。今から思い悩んでも仕方がない。
明日のことは誰にもわからないのだから。
私たちの恋愛はこれから始まろうとしているのだから。



…もし、私が歴史を、大津様の運命を知っていたら彼を愛したのだろうか??
確かに私は無知で何も知らなかった。
そして私達の未来は悲劇的だった。
彼を亡くした時は悲しくて生きる気力もなくなり愛する人とあの世で会うために自ら死のうともした。
そう、私は真実彼を愛していたのだ。
現代に戻ってもまだ私は自分の愛した人を、彼との愛を憶えている。
彼の生きざまと死にざまは命ある限り忘れることはないだろう。
でも、私は彼を救うためにあの時代へ行ったのではなかったのか?
何故彼を止めることができなかったのだろう?

やりきれないくらい襲ってくる苦い思いと激しい後悔のなかに私は一人立ち尽くしていた。
もう傍にいてくれる人は誰もいない。  


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2007年05月02日

大津様の話

地震のあと、生活は一変した。
それまでは私は昼まで皇后様の元で木簡を読む仕事をし、昼からは嶋の宮に出かけて氷高様の家庭教師のようなことをしていたのだが、地震以来、陳情が表を取り仕切る高市様や大津様にも、裏(宮廷内)を取り仕切る皇后様にも多く寄せられるので私も木簡の確認や陳情の内容の記録に忙殺されていた。

今日も氷高様のところへは行く時間もなく少し遅めになって皇后様の執務室から退出しようとした時に
「雨乃、今日はそなたの絵のお披露目をしましょう。大津も呼んでいますので一緒に食事をしましょう。」と言われた。
スメラミコトのご病気以来、朝賀も休止となっているので大津様にお目にかかるのは久しぶりだ。

「大津、忙しいようじゃがお体は大丈夫ですか?」と微笑みを浮かべながら皇后様は尋ねた。
「お気遣いありがとうございます。吾は元気が余っておりますゆえ多少のことは何ともございません。吾より最近は草壁の具合が優れないと聞き及びますが。」
「そうなのじゃ。最近また臥せっていて政務をとれずにそなたや高市にも負担がかかって申し訳ない。」
「いいえ。高市兄上も、私も健康ですからお気遣いなきよう。」と、大津様は頭を下げた。
皇后様は目で応えながら
「そうじゃ、志斐、忘れておったがスメラミコトより薬を賜ったのじゃ。すまぬがこれより瀬奈と届けてくれぬか?少しでも早い方が良かろう。」と言われた。
志斐と瀬奈は急ぎ支度をし出ていった。
二人が出ていくと皇后様は「大名児、絵をここに。」と今までのすまし顔と打って変わったいたずらっぽい笑みを私に向けた。
私は皇后様のこの笑顔が大好きだ。
いつも人と会う時には決して表情を崩さず、笑ったり、怒ったりしない。
何が是なのか、非なのかを悟られないようすべての感情を仮面の中に隠す。
精神力がよほど強くなくてはできないことだろう。

「こちらでございます。」
大学ノートを持ってきた私の手元をお2人は真剣な眼差しで追っていた。
…何だか視線がくすぐったいなぁ。緊張しちゃうなぁ。この絵をご覧になってどんな感想を言われるのだろう。
私は緊張で指先をもつれさせながらページを繰って大津様の絵を見せた。
「おー、大津にそっくりじゃ。」と、目を大きく見開いている皇后様、
「はい。まさしく吾です。」とあんぐり口をあけたまま見ている大津様。
…だって大津様の絵を描いたんだもの。大津様に似ていなかったら困るわ、と、私はおかしくて
「それは大津様にモデルになって頂きましたので大津様に似ていないと困ります。」と、言ってしまった。
「大名児、モデルとは何か?」
「あ、、えっと、えっとですね、、モデルとは、、お手本?でしょうか?いえ、違う、、手本じゃなくて…え?え?何でしょう???」
ちょうど適切な言葉が見つからず慌てて言葉を探すが気があせって出てこない。
そんな私の慌てぶりがおかしかったのか皇后様も、大津様も顔を見合わせ声を出して笑い始めた。
「大名児、そんなに慌わてなくとも良い。そなたがいてくれると和むのぅ」と、言われ
「大津、この絵は先に朕がもらっても構わぬか?」と聞かれた。
「はい。吾はまた描いてもらいますゆえ。」
皇后様はにっこり微笑まれて、
「そうか、それでは朕はちょっと草壁の様子を見てくるゆえ大津はもう少しゆっくりして行かれませ。大名児、大津の相手を頼みますよ。」と言われ慌ただしく出ていかれた。

そして部屋は私と大津様だけになった。
何だか部屋が急に広く感じる。
…どうしよう、何か言わなくちゃ。
「あの」「そうじゃ」
大津様と同時に言葉が出た。
「あ、申し訳ありません。大津様からお先に。」
「いや、大名児からどうぞ。」
弾かれたように私達は笑った。
「こんなに笑ったのは久しぶりじゃ。最近は笑えるようなことがなくてのう。」
「はい。心中お察し致します。」
「大名児、そなたに話したいことがある。」
と、私の目を覗き込み、話しはじめた。
「大名児」
「はい。」
「吾はな、守ってくれる母上がいなかったせいか子供の頃から近江帝にも父帝にも認めてもらえるよう武術に励み、知識を身につけてきた。たくさんいる皇子の中で後ろ盾もない吾が自分の身をたてる術はそれしかなかったのじゃ。
群臣や諸皇子から尊崇を集められるよう、小さき頃より人一倍努力をしてきたのだ。
狩りとなれば一段と前に出て勇気あるところを誇示し、すべての人に父上のように優しく、力強く接してきた。吾はそうやっていつもいつも自分を押し殺し、絶えず男らしい自分を演出してきたのだ。」
「はい…」
「その甲斐があったのか、父上の威光かはわからぬが吾は人々の中心に位置するようになった。
だが、中心に立てば立つほど吾は孤独さが増えることを知った。
みんないろいろ言い寄ってくるが本物の吾を見てくれる人は誰もいない。
人々が見ている吾は幻想なのじゃ。吾は本当は人に嫌われるのが怖い臆病ものなのだ。
闊達でなくても、女々しい吾でも何も言わずにただ抱きとめてくれる人がそばにいて欲しかったのだ。草壁を無条件で守り続ける叔母上のように。」私は涙が止まらなかった。
何ていう運命の皮肉だろう。
皇后様はいつでも本当の子供である大津様を愛し、見守っているのに。
そして皇后様と大津様はこんなにも似ていて同じような苦しみを抱えているのに。
今、私が秘密を告げればこの人の悲しみは止まるかもしれない。
いっそのこと打ち明けてしまおうか…。
いや、それはできない。
できないから皇后様は苦しんでいるのだし自分を律しているのだ。

「大名児、吾は弱い人間じゃ。いつも誰かに甘えたいと思っておる。
そんな弱い吾でもそなたは吾を愛しいと思ってくれるか?吾のそばで吾を励ましてくれぬだろうか?」
私は何かにつられるようにフラフラと立ち上がり大津様のところに行き、座っている大津様を後ろから抱き締めた。大津様の背は私の手が回らないくらいガッシリしていた。
「大津様、大津様の悲しみも寂しさもすべて私にお預け下さいませ。私が大津様をお守り致します。」
と、言った。
「大名児」
それから大津様はしばらく泣いていた。
私はただ泣いている大津様を抱きしめていたが不意に草壁様の声を聞いた。
「雨乃、吾が大津の母上をとってしまったから大津は苦しんでいるのじゃ。大津を頼む。」
「草壁様、草壁様はこのことを知っていらしたんですか?」
「いや。雨乃がくるまで知らなかった。この前の雨乃と母上の会話を心で聞いてわかったのじゃ。」
「私は大津様を愛するためにここにきたのですね?」
私の問いに対する草壁様の返事は聞こえなかった。
返事を聞く直前に大津様に抱きしめられていたからだ。
「大名児、明日矢釣山のふもとの松柏の樹の下で待っている。」
大津様は私の耳元に熱くささやき足早に去っていった。  


Posted by jasmintea♪ at 22:03Comments(0)小説

2007年04月30日

旧都を訪ねて

28日、29日で関西に旅行に行きました。
今回行きたかったのは難波宮跡、平城京跡。
直接現地に行けば古の人の残り香を感じられるかな?など思っていたのですが、平城京跡はお祭りでにぎわっていたのでちょっと創造力が湧かなかったですが、難波宮跡はすっかりタイムスリップしてしまいました!
最初に跡地で、ここで中大兄と間人が禁断の恋に身を焦がした?とか、ここには軽大王の怨念がこもっている?とか、前期難波宮が火災で焼ける様子とか、後期になってから都市機能を備えたこの宮の玉座に座る氷高内親王の様子を思い描いたりしていました。
そして「大阪歴史博物館」の10階では難波宮をいろいろな角度から展示していました。
たぶん1時間以上この階でフラフラしていたので閉館時間が迫り残り7・8・9階は「見た」って程度になってしまいましたがicon10本当に得るものが大きかったです。

この小説の中では天武天皇の死の直前に書かれている日本書紀の前期難波宮焼失事件の記事と大津皇子事件をリンクさせて書きたいのでとても刺激になりました。
大津皇子事件の前哨として難波宮消失事件があった、って解釈は間違ってはいない、と勝手に自分の中で結論づけていましたface02
そしてこの小説の終点までやっと1本の線でつながった感じです。

あとは大津皇子事件の鍵となる新羅僧行心のイメージの構築なのですがこれがどうもイメージが湧かなくて。
大津皇子に同情的に書かれたとは言え、懐風藻は大筋合っていると思うんです。
そうすればやはりそそのかしたのは行心。そそのかされているのがわかっていても乗るしかなかった大津皇子の哀しさ、そして行心の黒幕は鵜野皇后、と想像する方や、本も多いですがそんな単純な話ではなかったのでは?ってところがうまく表現できると良いなぁ、と改めて思いました。
筆力に乏しい私ですがめげずに自分が思い描く世界を表現できたら!と思っています。

あ、そうだ、あと藤原史(後の不比等)の登場のさせかたが定まらないんですよね(((・・;)
案外史は腹黒い人ではなくその時点、時点で彼にとって一番最良と思うことを実施した。
その結果の積み重ねが永続する藤原氏を作ったワケですが元から後世まで残る藤原氏を意識できるほど彼の世にはゆとりがなかったと言うか他氏を先んじることだけを念頭に入れていたのでは?と最近では考えています。

何となく私の中ではこの時代は明治維新と似ている気がしています。
白村江と壬申の乱で絶えず外からの侵略の危機にさらされた時代。
天武天皇は新羅の力を借りて壬申の乱の勝利したものの、乱後はスピード解決と大らかな政治で国を割って他国につけいらせる隙を与えず数々の改革を成し遂げ国力をつけていった。
その偉大なる天皇に死が近づいたことで陰謀が展開される。
再びこの国に壬申の乱を起こさせ、新羅はどちらかに援助する。
唐さえ追いやった自分達の兵力ならば担ぐ御輿があればそれで良し、その担ぐ御輿が……。
そしてその陰謀の中心が難波宮……。
よし、これで大丈夫!!と難波宮跡を見て思った私でした♪
  


Posted by jasmintea♪ at 08:50Comments(0)コーヒーブレイク

2007年04月28日

悪い予感

先日『八色の姓』が発表された。
これは今までの「臣」「連」「国造」「伴造」などの旧い姓を新しく「真人」「朝臣」「宿禰」「忌寸」「道師」「臣」「連」「稲置」に変えることで「氏族」より「国家」を意識させ、官人に序列をつけ新たなる秩序を作り中央集権国家の基礎を確立する事業であった。
先日はまだ真人のみの下賜だったが高市様を中心に草壁様、大津様が実際の作業にあたられている。
この先、順に下賜されるそうだ。
このように力強く改革を断行していくスメラミコトだったが公式的には伏せられているが最近あまり体調が良くないらしい。
どこが悪いと言うのではなくお顔の色がすぐれない、急激に痩せてきた、と皇后様は言われた。
私にも何か心当たりがないかと聞かれ「わかりません」と答えたが、胃ガンの患者さんと症状が似ているような気がした。
もし、胃ガンだったら…外科的手術も化学療法もないこの時代、、いずれ遠からぬ日にスメラミコトの命は消えていくのではないか?
この予感が当たるとしたらこの先スメラミコトは一旦健康が回復したように見えて、ほどなくもっとお悪くなるだろう。
そうしたら皇后様や草壁様、大津様はどうなるのだろうか?
私は自分の未熟な勘が当たらないよう祈った。

しかし伏せられていると言っても自然と情報は流れていくもので最近は宮全体が落ち着かない雰囲気になっていた。
皇后様の元には様々なお客様がやってくるがスメラミコトの病気の噂が風に乗って聞こえてくると
「皇后様、先帝の近江京は風流で良かったですなぁ」と言うような人達が多くなった。
私には誰が壬申の乱でスメラミコトの味方をし、誰が敵として戦ったのかはわからないが、今の御世では赦されたものの閑職につくしかなかったり出世もできない人達がほとんどなのだろう。
こういう人達が皇后様に擦り寄ってくるようになったのも微妙な風の変化なのかもしれない。
この風の変化が皇后様にとって良いことなのか、悪いことなのか?
そして擦り寄ってくるものの中には近江京を支えた百済や唐の技術者や、その人達を動かせる一族の長らの姿が目立った。

そんなある日、私はいつものように草壁様の娘である氷高女王様の元へ行った。
氷高様は少女ながらに気品があり、凛としていて、もしかしたら草壁様より神の血を濃く受け継いでいるかもしれない、と思うほどだ。
「氷高の話し相手になっておくれ」と言ったのは皇后様だったが(皇后様も私と同じように氷高様のことを感じていたのかもしれない)私はこの少女が大好きになり、氷高様も私になついてくれた。
私達はいつも棒を使ってキレイに整備された嶋の宮の庭をキャンパス代わりに絵を描いたり、私の知っている童話を教えたりして時間を過ごす。
氷高様は私が退出する時は「もっとたくさんお話して。」とおねだりして離してくれないのが常だが今日は何故か「絶対帰っちゃダメ」とダダをこねて激しく泣いている。
いつもはダダをこねても優しいお父さんの草壁様が話すと納得するのだが今日は何を言っても聞いてくれない。
草壁様も困り果て
「大名児、抱いて奥へ連れていくから戻って良いぞ」と言われた。
氷高様の私を呼ぶ声と泣き叫ぶ声は段々遠ざかっていったが私の耳にはしばらく泣き声が残っていた。

それにしても今日は何て静かな夜なんだろう。
すべてが静寂の中に包まれている。
何も物音が聞こえない気がした。
「今晩はすごく静かね。」私は皇后様が選んでくれた侍女の『瀬奈』に声をかけた。
「はい。不気味なくらいの静けさでございます。」
「不気味」と言った瀬奈の言葉に氷高様の怯えたような泣き声を思い出し私は不安になった。
どうしてこんなに静かなんだろう?と、もう一度考えようとしたその時に大地が激しく揺れた。

後の記録にはこのように書かれているそうだ。
「国中の男も女も叫びあい逃げ惑った。
山は崩れ河は溢れた。
諸国の郡の官舎は破壊されたものは数知れず、人畜の被害は多大であった。」

この他にも伊豆島が隆起してひとつの島になったとか、土佐国では高波が押し寄せ海水が湧きかえり舟が流失したとか、大きな隕石が雨のように落ちてきたことも記載されている。
(講談社学術文庫「全現代語訳日本書紀」宇治谷孟著より抜粋)  


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2007年04月25日

皇后の語り

いつもは雨乃が語り部をしておりますが、今日は彼女の知らないことや朕のことも話したいので、朕がお話させて頂きます。

人の世の縁とは異なものです。
雨乃が草壁の体を借りたタカミムスビ神によりここに連れてこられてからどれくらいたったか。
初めは母に似たこの娘が果たす役割を見守るつもりで手元に置きましたが物怖じもせず誰もが敬遠する朕と打ち解けて話してくれる彼女が次第にかわいく思えてきました。
朕が本音で話せる人はいなく、周りにいる者は目的があって摺よってくる者ばかり。
それに加え雨乃に話したように我が息子には直接愛情を与えることはできず見守るだけ。
姉との約定通り時々神が降りてくる危なっかしい草壁を守らなくてはいけない。
人々、いえ何も知らないスメラミコトも朕が草壁を溺愛している、などと申されていました。
スメラミコトは草壁と大津、どちらを皇太子に立てることもできずに日々を過ごしていました。
心無い人々はスメラミコトの意は大津様にあるのに皇后様に遠慮して皇太子にたてることができないと。
早くにどちらかに決めたら良いものを一度は正式な宣下はなかったものの草壁に、と言っておきながら次は大津を重用される…
このようなことが後の禍根となることがおわかりにならないスメラミコトではあるまいに。
何度もきちんと決めましょう、と申し上げても
「そちは草壁かわいさにそのようなことばかり申す」としか見てはくれないのです。
朕の本音を聞いてくれる人もなく、朕は誰かを愛することも、愛されることもできず、自分の感情は心の奥深くに仕舞いこみ孤独の中で毎日を送っていたのです。
その孤独の中から朕を救ってくれたのは異国の世界からきた雨乃でした。
雨乃は朕にたくさんの話をしてくれて、朕の話をたくさん聞いてくれて、朕のことを思いやってくれました。
もしかしたらこの娘は朕を孤独から救うためにここにきたのではないか?と思うほどでした。
ただ朕の中には草壁のために死んだ姉の役割が頭から離れず、雨乃の役割も哀しいものでなきよう祈るだけでした。

雨乃がきてからいろいろなことが少しづつ変わってきましたがそれは朕だけではありませんでした。
これもやはり血なのでしょうか?
雨乃に惹かれたのは朕だけではなく我が息子大津も。
大津と雨乃、何てお似合いの2人なのでしょう。
朕はほとんど人質のように父上のところからスメラミコトに嫁ぎ、スメラニコトの愛も得ることができなかったので若い2人を応援したい気持ちでいっぱいでした。
そんな折、大津が朕の部屋を訪ねてきました。

「大津、今日は大名児は嶋の宮に氷高の相手に出かけて留守なのですよ。」
「叔母上、今日は大名児ではなく叔母上にお話したいことがあって参りました。」
「朕にですか?どのようなお話でしょう?あ、その前にこの前約束をしましたので酒の用意をさせましょう。」
「いえ。酒を飲む前にお話申し上げたいのです。」
「わかりました。どうぞ」
「ハハ、どうぞと申されると上がってしまいます。」
「まぁ、大津がそのような言葉、珍しいですね。よほど大切な話のようですね。」
「はい。」
「大名児のことですか?」
図星をさされ驚いた大津の顔を朕はきっと一生忘れないでしょう。
「どうしてご存知ですか?皇后様、意を決して伺います。大名児は草壁の妻に迎えた身でありましょうか?」
「そのようなこと、誰が申しておりますか?草壁は阿閇以外の妻は必要ないといつも口にしています。」
瞬時に大津の顔が輝いた。
「吾も草壁に聞きましたがやはり同じことを言っておりました。」
「このことはそなたも承知ですよね?」
「はい。皇后様、実は吾は大名児を好いています。」
「承知しております。」
「……」
「大津、それくらいそなたと大名児を見ていればわかります。」
「大名児は吾のことを好いているのでしょうか?」
「さぁ、それは、ご自分でお確かめなさい。」
「わかりました。皇后様、ありがとうございます。」
大津は深々とお辞儀をした。
「でも叔母上、申し訳ありませんが叔母上から大名児には何も話をなさらないで下さい。叔母上からのお話だと大名児は自分の意思に関わらず断れないと思いますので。」
「大津、それほどまでに大名児を…。山辺は大丈夫ですか?」
「山辺は先帝の娘と言うことで父上から与えられた皇女。吾に仕えてくれる山辺は愛しいですがこれほどまでに一緒に時を過ごしたいと思ったのは大名児が初めてです。大名児は今までに出会った女子とは違うのです。」
「フフ、そなたのお気持ちはよくわかりました。朕は見守るだけとしましょう。ただ、大名児は朕にとってもかわいく愛しい我が娘同然の女子です。決して傷つけることのなきようお願いします。」
「皇后様、今のお言葉、胸に刻み付けました。」
「はい。ではお酒にしましょうか?」
「頂きます。」

それから朕と大津はお酒を飲みながら姉上や、壬申の戦の折りの思い出話をしたりしました。
政治的な話ではなく大津とこんなに話したことが今まであったでしょうか?
朕は満ち足りた思いの中で大津と雨乃の未来が明るいものでありますように、と祈っていました。  


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2007年04月25日

芽生え

それからの数日間、私は『雨乃画伯』になった。
大津様は忙しい合間を縫ってモデルになっていく。
皇后様も時間がある時は一緒にいるが二人だけの時もあった。
椅子に座り私を見つめる大津様に私は胸の高鳴りを感じ思わず「ふぅ」とため息をついてしまった。
「大名児、疲れたであろう。休憩しよう。」と、部屋に置いてある壺から甘い水をグラスに注いでくれた。
「大津様、そのようなことは私がやります。」
「良い、良い。そなたは少し休んでおれ。」
と、言いながらグラスひとつを私に渡し、デッサンをのぞきこんでいた。
「そなたの絵は素晴らしいのう。何でこんな上手に描けるのじゃ?」
…高校時代は美術部と新体操部のかけもちだったんです〜!と答えたいところを、
「申し訳ありません。皇后様との内緒の約束ですので」と頭を下げた。
「そなたはまことに不思議な女子(おなご)じゃのぅ。」と言い、続けて何かを言いかけたもののその言葉を呑み込んだ。
「大津様、何か?」
「いや。何でもない。」
「ですが今、何かおっしゃろうとなさいませんでした?」
「いや。」
「そうでございますか?それなら構いませんが。」
「いや…。」
「先ほどから『いや』ばかりでございます。」
「いや、ではそなたに聞くが。」
「はい。」
「そなたは草壁の妃としてここにきたのか?」
「草壁様の妃ですか?おっしゃる意味がわかりかねますが。」
「そなたは草壁の妻になるのか?」
「そんなことはございません。皇后様からも草壁様からもそんな話は伺っておりませんし草壁様には阿閉様がいらっしゃいますので。」
「そうだな。そうだ。それは良かった。吾は安心した。」
「え?」
「いや、あ、別に何でもない。そうじゃ、それより吾は女官にも采女にも人気があるのだがそなたは存じているか?」
「はい。それはみなが噂しております。大津様に興味がない女子はいないでしょう。」
「そうか?他の女子は興味があってもそなたは吾には興味がないように見える。」
「そ、そんなこと、ございません。」
つい、口をついて本音が出てしまった。
いけない!こんなことを言っては。どうしよう?
目をあげた私と大津様の視線がぶつかった。
「あ、あの」「お、大名児」視線に続き言葉もぶつかった。
…うわ、どうしよう?と思案していた時に救いの神のように皇后様の声が聞こえた。
「大津、きていたのですか?」
「あ、皇后様、お邪魔しています。」
「あら?今日は大津は私的な場所でも皇后様なんて言ってどうしたの?何か慌てているようですが。」
「いえ、そんなことはありません。」
「そうですか?今日は絵は進みましたか?」
「はい。でも今日はもう大名児が疲れておるようなので今、帰ろうとしていました。」
皇后様は私に視線を向けて「あら、大名児、顔が赤いわ。少し調子が悪いのではありませんか?」と問われた。
「いえ、大丈夫でございます」
顔が赤いと言われますます顔が赤くなっていくような気がした。
「それでは叔母上、父上がお待ちですので。」
「そうかえ。それではまたの折に参られませ。今度は酒など用意させましょう。」
「ありがたきこと。では大名児、よく休むのじゃぞ。皇后様、吾はこれにて。」と退出された。
私と皇后様はその後ろ姿を見送っていた。  


Posted by jasmintea♪ at 22:43Comments(0)小説

2007年04月25日

3人の皇子様

それから私は皇后様の部屋へ戻り皇后様へのあいさつを受けた。
誰かがくる前に必ず志斐が解説を加える。
「これからいらっしゃるのは高市皇子様でございます。高市様はスメラミコトのご長男で壬申の乱では自らが先頭に立ち戦われました。
乱のあとはスメラミコトを助け政務をとっておいでです。
とても真面目な方ですので大名児様、くれぐれも失礼のないようにお気をつけ下さいませ。」
…お気をつけ下さいませ、って志斐ったら私が何かやらかすとでも思っているのかしら?と、半分苦笑いをしていたら
『高市皇子様おなりでございます』と、声が聞こえた。
この志斐の鋭い勘は当ることになるのだが…。

「高市、昨日は遅くまで宮でお仕事とか。ご苦労様です」
「皇后様、ありがたいお言葉を頂きまして。昨夜は八色の姓を検討しておりました。姓の再編成を通して氏族を再編成せよ、とスメラミコトのご命令ですが各氏族の調整に頭を悩ませておりまする。」
「そうじゃのう。不平不満がないようにするのは難しいことじゃ。」
と、言われ
「志斐、高市に蘇をお持ちしなさい。」と声をかけた。
「そうそう、高市。ここに控えるは朕が新しく女官にするつもりで呼んだ大名児です。この者は字を読み書きできるゆえ必要な時は朕に言って下さい」
私は話を突然ふられて慌てて「大名児にございます」と頭を下げた。
高市様は頭を下げた私を値踏みするように見たあとゆっくりと皇后様の方に向き直り、志斐からグラスを受け取った。
「いただきます。」と、グラスに口をつけようとした瞬間に私は「キャー」と素っ頓狂な声をあげてしまった。
思わずグラスを落とす高市様、私の顔を見る皇后様、「何事じゃ?」とキツい声音で尋ねる志斐。
「あ、あそこにムカデが!」
私の指先にムカデがいるのを見て皇后様は「大名児はムカデが苦手なのですね」と、笑い出したが志斐と高市様の視線は痛かった…。
…失礼がないようにって志斐に言われていたのにやってしまった。はぁ、穴があったら入りたい。
場をとりもつように「代わりの蘇を」と志斐に命じる皇后様に「いえ、吾はこれで失礼致しますのでどうかお気遣いなさらずに。」と丁寧に挨拶をされてから高市様は退出された。

高市様が退出されたあと志斐は片付けの指示をしながらブツブツ言っていた。
…ここは言われても仕方がない。
本当はもっと言いたいことがたくさんあるのだろうが草壁様がくる時間が迫っているので気ぜわしく動いていた。
ちょうど片づけが終わる頃に『草壁皇子様がおなりでございます』と知らせが聞こえた。

「草壁、昨夜はよく休まれましたか?気分は如何?」
「母上、おはようございます。今日は気持ちの良い朝でございます。」
…あら?草壁様が入ってきたら何だか志斐がいつもの志斐と違う。ちょっと華やいだ笑みを浮かべ草壁様を見つめている。
「母上、この女子(おなご)は昨日もお側に置かれていましたが今父上に、皇后の采女をそちは知っておるか?と聞かれました。」
「スメラミコトはそなたに尋ねておりましたか。」と皇后様は苦笑いをされながら
「この者は大名児と申す。朕の側にいてもらおうと思っておるが嶋の宮にも出入りをさせようと思う。よろしく頼みますよ」と、言われた。
草壁様は私の方に向き直り「どこぞでそちと会った気がするのだが。」と不思議そうに尋ねた。
「昨日が初めてでございます。」
「そうか。母上が志斐以外の女性、それも若い女性をそばに置かれるとは珍しい。吾はなかなか母上のお側にいることができないのでそちが母上を気遣ってくれると嬉しいぞ。」と頭を下げた。
草壁様の目は優しかった。
昨日の神がかった草壁様より今日の草壁様の方がステキだ。
志斐のニコニコもわかるような気がした。
その志斐は「草壁様、皇后様のことでしたらこのようなものではなく志斐におまかせ下さい。それに志斐もまだまだ若いですので。」などと彼女にしては珍しく軽口を叩いている。
「そうじゃな。志斐はまだまだ若くて美しい」
「まぁ、そんなぁ。」
と、自分が言い出しといて顔を染めて照れている。
「さぁ、草壁、ここはもう良いからご飯を食べていらっしゃい。きちんと召し上がるのですよ。」
「母上、それでは。」
皇后様の言葉で草壁様は退出された。

草壁様の後姿を長めに見送っていた志斐は私に向き直り
「次は大津様がいらっしゃいます。」と言った。
「大津様は皇后様の姉君であられます大田様がお産みになった皇子様でございます。先日から朝政に参与されています。」
とだけ話し行ってしまった。
…あれ??今回の解説は簡潔だなぁ。志斐は大津様をよく思っていないのか?
『大津皇子様がおなりでございます』
案内の声が終わるや否や、靴音をかつかつ鳴らしながら大津様は入ってきた。

「大津、昨日は遅くまで高市と宮だったとか。ご苦労様です」
「皇后様、おはようございます」
あまりに闊達で清々しい声につられ私は思わず顔をあげて大津様のお顔を見てしまった。
…何て涼やかで男らしい人。それに人を惹き付ける魔力を持った目をしている。
この意思が強そうな目の輝きは皇后様にそっくりだ。
昨日の皇后様の話を反芻しながらやはり血は隠せない、どう見ても皇后様と大津様は似ている、と私は思っていた。
その私の方を向き「叔母上、朝から話題になっている大名児と申す采女ですね?」と聞いた。
「そなたもスメラミコトに聞かれましたか?」
「いいえ、草壁に聞きました。母上はいつも孤独で寂しそうなので大名児がきてくれて良かった、と話していました。」
「草壁は優しい子じゃ」と皇后様はつぶやいた。
私にはそのつぶやきが寂しそうに聞こえた。
実の息子に愛を与えられず、甥に愛情をかけ育てなくてはいけない、、いや、この女性はそれが寂しいと思うような女性ではないだろうが。
などと、考えていた私は自分の世界に没頭していたらしく皇后様が席を立たれたのにも気がつかなかった。
皇后様は「大名児、どうしたの?」と肩を叩き、心配顔で私を覗き込んでいる。
「申し訳ありません。ちょっとボウッとしてしまいました。」
「無理もない。疲れが出てきているかもしれぬのう。疲れているのに申し訳ないがそなたに頼みがある。昨日、朕に見せてくれたノートとシャ、、何でしたっけ?字を書ける道具を大津に見せてくれまいか?」と小さな小さな声で言われた。
「でも皇后様、あれを見せますと私のことがバレませんか?」と私も小さな小さな声で返した。
「大丈夫。この先の世界のモノとはわからなくてよ。」とささやくように言って悪戯な笑みを浮かべ、「志斐、人払いを。大津と大名児と3人だけにしてちょうだい」と普通の声を発した。
志斐は「私も行かなくちゃいけないの?」と不満を背中で訴えながら奥へと消えた。

私は自分のバッグの中からノートとシャープペンを出した。
「大津、このことはみなには内緒にして下さいね」
「はい。叔母上、何ですか?とても楽しそうですね」
「大名児、昨日書いた朕の絵をまず見せてちょうだい」
私はA4のノートにスケッチした皇后様の似顔絵を見せた。
「これをそなたが書いたのか?」と驚いている。
その驚き方に満足げな表情を浮かべ皇后様は「これで書いたのじゃ」とシャープペンを手に持ちはしゃいでいる。
「ここを押すと芯が出て書けるのじゃ。大津もやってみなされ。」
シャープペンはまるでダイヤの指輪のように丁重に大津様に渡された。
大津様は手にしたシャープペンをノックした。
皇后様はノートを差し出す。
大津様は真面目な顔をして緊張しながら子供の落書きのように○を書いて塗り潰していく。
そしてまたノックして芯を出してみたり折ってみたり。
これって昨日の皇后様の動作と同じ。
お二人ともすごい探求心だな、この人達は決して生まれだけで今の地位にいるわけではないんだ。

『忍壁皇子様がおなりでございます。』と、案内の声が知らせた。
どうやらシャープペンのせいで時間を超過していたらしい。
「大名児、次は吾の絵を描いてくれ。約束だぞ。叔母上、大名児を借りてもよろしいですか?」
「かまわねが大津の絵は2枚書いてもらって朕が1枚もらうが良いか。」と聞かれた。
「取引成立です」と、微笑んで大津様は爽やかな風とともに急ぎ退出された。

このあとは忍壁皇子様、志貴皇子様、川島皇子様がいらしたが私は覚えていないくらい夢見心地だった。  


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